どうして「スバラシキ英国園芸ノススメ」なのか

ちょっと読んで 「あんまり面白くないなぁ」 と思った方。
騙されたと思ってしばしお付き合い下さい。

7年間の英国留学中にしたためたメールは300を越えました。
そしてこれが 「尻上がり的」 に面白くなっていくのです。

当初の初々しい苦学生の姿から、徐々に英国に馴染んでいく様子は100%ノンフィクションのリアルストーリー。

「スバラシキ英国園芸ノススメ」の旅はまだ始まったばかりです。

2011年12月31日土曜日

2000年12月24日 「進展」



まだ100%決定ではないので気が早いのですが、事態に少々進展がありましたのでお知らせします。


植物園にやってきて3ヶ月経ったところで、植物園の統括者と面接があり、その席で「もしよければもう1年ここに残らないか?」という話がありました。


ケンブリッジに来て以来、毎日とても充実していて学ぶことも多く、恵まれた環境であることに本当に自分は果報者だと思っていたので、更にもう一年ここにいさせてくれるというのは夢のような話でした。


一方、ケンブリッジのあとにヨークの学校に戻り、これまでよりもひとつ上級のコースをとって園芸の勉強を完結させたいという気持ちは変わっておらず、学校に相談をしてみると一年延長することは問題ないという返事をもらいました。
よってもう一年ケンブリッジに留まり、その後あらためてヨークに戻るということになりそうです。


となると、日本に帰るのは早くて2003年の秋ということになりますか。


行き当たりばったり人生の真骨頂といったかんじですが、滅多にできる経験ではないのでなんとかやってみようと思います。


現実にはビザの問題をまず解決せねばならず、決して容易な道ではありません。


最悪のシナリオとしてはビザがおりずに植物園の延長を断念しなければならないという場合があります。


まずは事態進展の御報告まで。


2011年12月30日金曜日

2000年12月23日 「クリスマス強化週 初日のことなど」


今日は天皇誕生日。


僕にとってはフツーの土曜日でしたが今日からクリスマスの25日を除いて1月5日までは無休で植物の面倒をみることになります。


これは決してネガティブな意味ではなく、むしろ世間の喧騒をよそに静かで平和な植物園で植物の世話をしながら21世紀を迎えるというのはシアワセなことです。


今日は通常通りまだ薄暗い午前8時から温室で水をやって、廊下の掃き掃除をしたり、森の小道を歩きやすいように整備したり、排水溝にたまった落ち葉を取り除いたり、斧で薪をわったりして、少々早めの14時に仕事を終えました。


その足で市民プールでゆっくり泳いで、それからクリスマスショッピングのため街に繰り出しました。
とはいってもそんなに大袈裟な買物ではなく、単に夕食の食材を買いにいっただけなのですが。


マーケットにてムール貝が目に留まったので買ってしまいました。


1キロで3ポンド。


一人ではとても一度に食べられる量ではないためふたつに分けて今日はネギ、生クリーム、ニンニク、バターで軽く煮込んで、明日はシンプルに白ワイン蒸しにするつもりです。
楽しみ。


最近は毎週土曜日は朝7:30に近所で新聞を買って、パン屋でクロワッサンを買うというのが決まりになっています。


このパン屋でクロワッサンが焼きあがるのが決まって7:30なのでその焼きたてを狙って行くわけです。
さすがに毎日ですとカロリー過多なので週に1回のお楽しみにしています。


パン屋のおばさんも毎週辺りも暗いうちから新聞片手にクロワッサン2個を買っていく僕のことをすぐに覚えてくれて、最近は「おはよう」と挨拶すると黙ってクロワッサンを2個袋に入れてくれるようになりました。


土曜日の新聞というのはお値段が平日の2倍の60ペンスしますが、とても充実していて本紙、旅行、金融、週末、テレビガイド、小雑誌などがついてきます。
これを一週間かけてノンビリ読むと丁度良いのです。


植物園の友人達に聞くとクリスマスは基本的には自宅で家族とノンビリ過ごすのだそうですが、だいたいテレビでクリスマス特番を見ながらゴロゴロするのが常だとのこと。


日本で紅白歌合戦を見たり、駅伝、サッカー、かくし芸などの特番を見ながらゴロゴロするのと変わらないということのようです。


新聞の付録のテレビガイドを見るととにかく映画が多いのに気付きます。
おもだったところで「LAコンフィデンシャル」「インディペンデンスデイ」「101匹わんちゃん」「タイタニック」「ダイヤルMを回せ」「007三ダーボール作戦」「フェイスオフ」「サイコ」と目白押しで、皆さんこういったテレビを見ながら七面鳥やクリスマスプディングを食べて大きいカラダをさらに大きくさせる計画なのだなと想像します。


僕もテレビガイドに赤ペンでマークをして準備に余念がありませんが。


明日はクリスマスイブ。
ケンブリッジ大学のキングスカレッジは教会音楽がととても素晴らしいと聞きます。


なかなか難しいとは思うのですが、せっかく近所ですのでダメもとで教会に行ってクリスマスキャロルが聴けないものか試してみようと思います。

2011年12月29日木曜日

2000年12月21日 「年の瀬」



今日は冬至でした。
外が明るくなるのも遅かったですし、暗くなるのも早かったです。


でも明日からは少しづつ日が延びていくのかと思うとなんとなく嬉しいものです。


さて植物園は来週のクリスマスを控え休暇を取る人が増えてきました。


来週はほとんど誰もいなくなるくらい最低限のスタッフで水遣りなどの最低限の仕事をすることになります。


僕はとくに帰省する家があるわけでもなく、家族がいるわけでもないのでクリスマスから正月にかけての出勤を志願しました。


この期間は本当にノンビリしたもので、加えて特別手当もつくのでやらないテはないと思います。


スタッフには「今年も終わりだから」「クリスマスだから」となんとも怠惰なムードが広がっていて、それを咎める人もおらず、お昼時は近所のパブに行って皆で昼食をとるようになりました。


スープ、パン、サンドイッチ、ジャガイモなどシンプルなものですが、そこにビールを注文します。


年末に蕎麦屋にいくとスーツを着たサラリーマンが赤い顔をして昼間から打ち上げをしているようなものでしょうか。


こちらの人たちはお酒に強いためか顔色も変えずさりげなく「ウン、もう一杯ネ」と美味しそうに飲んでいます。
僕も美味しそうに飲むことに関しては負けていないと思うのですが、顔にすぐでてしまうのでちょっと気恥ずかしいのです。


寒い中でのアルコールは身体が暖まって良いな、と思ったもののトイレが近くて困ったものです。


もう今年も終わりかぁ、などと特に意味もなくため息が出てきます。


そんなわけで今年も残り10日となりました。


どうぞお元気で。

2011年12月28日水曜日

2000年12月15日 「飲み会 in ロンドン」



火曜日は植物園を休んでケンブリッジ大学とオックスフォード大学の試合をロンドン郊外まで見にいってきました。


平日の午後2時にキックオフということで、一体誰を観客として想定しているのか?はやり両大学の学生か?といぶかしく思っていました。


ロンドンのウォタールー駅から乗った電車には学生のみならず働き盛りのおじさん達も結構な数混じっていたりして「お仕事は大丈夫ですか?」と尋ねたくなるほどでした。


イングランドラグビーの聖地トイッケナムへは今回が初めてで、その荘厳さにただ圧倒され感動しました。


両校の選手が手入れの行き届いたグランドに入場し、イングランド国歌が流れたときは日本人でありながらもジーンときてしまいました。


試合そのものは学生の試合なのでインターナショナルレベルには及ばないのですが、独特の雰囲気は大いに楽しめました。


最近は暇があればケンブリッジ大学のグラウンドで試合を見ていましたので、ケンブリッジを応援して盛り上がりました。


試合前にスタジアム横のショップでレプリカジャージを買いました。
ケンブリッジのものを買うのがスジですが、水色と白のストライプであまりカッコ良くないので、紺色で王冠が胸に輝くオックスフォードのジャージを買ってしまったのは御愛嬌です。
これを着てケンブリッジの街を歩くのはやや抵抗がありますが。


銀行時代の同期で仲の良い友人がロンドン支店にいるので、試合のあと折角ロンドンまで来たので会わないか、と声を掛けておいたところ、丁度東京から他の同期が出張できているのでついでに同期会をしようということになりました。


ピカデリー近辺の中華料理店で総勢7名の同期会が開催され、ずうずうしくも参加してきてしまいました。


皆パリッとしたスーツを着ているのですが、僕だけジーパン、フリース、リュックサック、ひげ面の山男風情で少々肩身が狭かったです。


中華料理なぞ食べるのは本当に久し振りで、あまりの美味しさに聞き役に徹しパクパクと食べました。


一人が「ここは結構安いんだよ。大体30~40ポンドでこれだけ出るんだから。」というのを耳にして一気に心拍数が上がりました。


普段40ポンドの食事などしたことがありません。
つい最近あった食別宴のクリスマスパーティーのコースディナーですら18ポンドでしたし。
飲みに行って食べてもせいぜい15ポンド以内でしょうか。


でも冷静に日本円に換算すればざっと7000円くらいですから、日本でちょっと飲みにいって「ハイ、一万円オールで」なんていっていた感覚でいえば安いのでしょうが、この一年半でワタクシの金銭感覚は限りなく英国人に近づいているのだなと感じました。


思えばサラリーマンのころはその辺のこだわりがなさ過ぎでしたので、これは自分にとっては良かったなと思います。


ありきたりの言い方ですが「お金の有難み」とでも言いましょうか。
1ポンド、いえ10ペンスにこだわった今のこの生活がいつか役に立つ日が来るのではないか、などと勝手に思っています。


銀行を辞めて2年経とうというのにこういった場に誘ってくれるというのは本当に有難いとしみじみ思います。


そんな師走の飲み会inロンドンでした。

2011年12月27日火曜日

2000年12月10日 「師走」



早いもので2000年も残り20日間となりました。
暮れの仕事の追い込み、そして忘年会とお忙しくされていることと思います。


当方は特に変わったこともなく平穏に植物園と家を往復する毎日を過ごしています。


世間的にはクリスマスでして、ラジオではクリスマスソングが流れ、街はクリスマスショッピングをする人で活気に溢れています。


普段日曜は休業をうたう店もどうやら12月に限って開けるところもあるようです。
街には電飾、大小のクリスマスツリーが飾られていますが、それほどたいしたものではありません。


この週末にアパートの隣室のビル君が「車で買物に行くけど一緒に来るかい?」と誘ってくれたので渡りに舟とばかりについていきました。
彼と行くのは街のはずれにある大きなスーパーマーケットで、車であればビールのまとめ買いなどもできるので助かります。


「オモシロイもの見せるよ。」と言って帰り道にちょっと寄り道して見せてくれたのが300メートル離れた先からでも認識できるほどド派手な電飾で家と庭をうずめた「全身メリークリスマス」なオメデタイお家でした。


しかもその配色が何やらヒンズー教のお祭を髣髴させるようなもので、見ているこちらが照れてしまうほど派手なもの。


ビルが「電気代が相当かかるだろうなぁ」とボソッと口にしたのですが妙に頷けました。


そのビルが「クリマスはどうするの?」というので、「ン、別に。普段通り植物園かな。」と答えると、
「我らのアパートには8人が住んでいるけどクリスマスにアパートにいるのはオマエだけになるぞ。よければオレの実家に来てノンビリ過ごしてもいいのヨ。」
と有難い申し出をしてくれました。


実は有難いことに僕が一人寂しくクリスマスを迎えることを心配してくれてクリスマスに来ないかと声を掛けてくれている英国人が現時点でビルを含めて7人もいて、思わぬ「タテバヤシ人気」にどうしたものかと思っていたところだったのです。


折角のクリスマスというスペシャルな時期のお誘いなのでお断りするのも悪いし、かといってカラダはひとつだし。
有難いことです。


一人でクリスマスを過ごす場合にはいつもより上等な肉を買って、いつもより上等なワインをあけて、英国らしくクリスマスプディングなんか食べちゃって、とにかくちょっと贅沢をしていつもより「上等な」気分を満喫すればいいかなという計画でした。
それでも充分シアワセかな、と。


来週はイベントが盛沢山で、火曜日にヴァーシティマッチといってケンブリッジ大学対オックスフォード大学のラグビーの試合がロンドン郊外のイングランドラグビーの聖地、トィッケナムであるので植物園を休んで見にいきます。


金曜日仕事が終ってからはヨークの学校にいって友人達と飲もうという段取りになっており、レンタカーを飛ばして遠路遥々飲みにいってきます。


当然フィッシュアンドチップスを満腹食べることも目的のひとつです。


そんな師走模様です。
どうぞ風邪などひかれませんように。

2011年12月19日月曜日

2000年11月23日 「会議紛糾」



今日植物園で午前中のお茶の時間のあとに所属セクションの打ち合わせがあるとのことでメンバー6人が残りました。


議題は「新植物園構想について」。


なにやら大袈裟ですが、来る2007年を目処に新管理棟を建て、そこに総合的植物園の英知を結集するという構想があり、これをリーダー会議で話し合ってきてそれを我々下々のスタッフに知らせるのが主な内容でした。


はっきり申し上げて2007年には僕ら1年契約のトレーニーはこの植物園にいるはずもないのですが、それでも味噌っかす扱いせずにちゃんと輪に入れてくれるというのは有難いことです。


続いて議題は現在の当セクションの問題点に移りました。


そのセクションは「草本セクション」と「分類花壇セクション」に二分され、前者はドイツ人女性アン、後者はイギリス人男性ジョンがリーダーです。
そして我々下々のものがそのどちらで働くかは明確な色分けがされていないため、その日によってアンとジョンが話し合ってそれぞれの作業内容に応じて二人の間をいったりきたりしているというわけです。


アン、ジョンどちらが上ということもなく並列な関係であるため、意志伝達経路がバラバラでお互いに不具合があるようでした。


ときとして彼らをすっ飛ばして植物園の責任者じきじきに我々に指示が飛んできたりして話は更にややこしくなります。
アンもジョンもコミュニケーションがうまくとれないことと、仕事に追われている感があってストレスを感じているようでした。


話が盛り上がってきてついにアンとジョンがお互いの仕事の進め方に不満を言い始めて、一気に緊迫した雰囲気になってきました。
とはいってもお互い罵倒しあうというものではなく、言いたいことを主張するといった印象で、熱くなっているようで結構冷静だったりします。


ジョンが「その仕事はオレの給料の中には含まれていない。」「オレの担当の仕事ではないから興味がない。」とズバズバ言うのを横で聞いていてこっちがちょっとハラハラしてしまいました。


僕は腕組をして「ウム、ウム」「ウーム」などとお互いの顔を交互に見てはうなずいて日和見主義的な態度でしたが、
「日本人って黙って聞いているだけで何を考えているのだか。」
と思われるのもシャクだったので、
「お互いの仕事を週単位で書き出して、そのためには道具と人手がそれぞれどれだけ必要で所要時間はどれくらいだという見通しをチャンと立てて、それをお互い交換したらどうですかね。そしてそれを植物園の責任者にもあらかじめ渡しておいてよっぽどの急用でない限り彼からの突発的な仕事を極力排除するというのはどうですかね。」
と言うと妙に感心され、しばらくそれを試してみようということになったようでした。


彼らの間を行き来しているものとしては普段から「結構行き当たりばったりだなぁ」と思っていたので、当然といえば当然の提案ではありましたが。


日本式の打ち合わせしか経験がなかった自分としてはなかなか興味深いミーティングでした。

2011年12月14日水曜日

2000年11月20日 「キリスト」


土曜日の昼過ぎに普段はほとんど鳴ることのない電話が鳴りました。



「もしもしマサヤ?エリザベスだけど。明日ヒマ?良ければお昼ご飯を食べにこない?」と電話口の女性は言います。


「誰?エリザベスって??」と基本的かつとても重要な疑問がわきました。
ケンブリッジにエリザベスなんて知り合いはいません。


よくよく話を聞くと以前ヨークでニコルという女の子を介して会ったことのある人のようでした。
でもあまり記憶が定かではありません。


ニコルはスコットランド出身の奔放な女の子でヨークの学校で一緒でした。
僕がケンブリッジの植物園にいると知ると、知り合いがいるからと言って以前尋ねてきたことがあります。
そのとき彼女が泊まっていたのがこのエリザベスの家でした。
彼女らは同じ宗派の教会での知り合いらしく、言い換えればそれだけの関係のようでした。


ニコルがケンブリッジに来たときにエリザベスの家に招かれて食事もしたのですが、もはやすっかりそんなことは記憶にありません。


で、今回のお誘い。


しかも仲介役のニコルはいません。
電話を切ったあと一人悩みました。
そんなに親しいというわけでもないし、どういった会話をすればいいのか。


そもそもエリザベスって名前すらすぐに思い出せなかったのに、彼女の家族の名前は全く忘却の彼方です。


「今日は御招待いただきありがとうございます。で、アナタのお名前は?」などと聞けるはずもなく、かといって名前を呼ばないのはもっと失礼だし。


結局ニコルに連絡をとって、家族の名前を予習して彼女の家に向かいました。


しかし、一度会っただけの怪しげな東洋人を自宅に招くというその意図は何処にあるのだろうと考えをめぐらせました。


疑ってはいけませんが、映画「ミザリー」のように気が付いたら縛られてなどと考えないでもありませんでした。


ちょっと重要なのがその日が日曜日であり、お昼ということはサンデーランチであるという部分です。


伝統的な英国の家庭では日曜日は安息日でいつもよりもゆっくり朝寝して、軽い朝食のあと教会におもむき礼拝をして、帰宅後遅めの盛大な昼食をとり、家族でゆっくり団欒して夕食はホンの軽めにというのが典型的かつ伝統的な過ごし方です。


このサンデーランチのもつ意味合いはとても大きく、家族水入らずなのが基本と聞いたことがありましたので僕のような人間が行って本当にいいのかと再び不安になりました。


英国名物であるローストビーフ、ローストラム、ローストポークなどのロースト料理が振舞われるのは一般に週に1回この日曜日のお昼だけです。


その特別な状況を考えれば考えるほど不安と緊張が煽られるばかり。
手ぶらで行くわけにもいかず、とはいってもランチでアルコールというのもどうかと思案して手土産の定番であるワインを断念し、お菓子屋でトフィーというキャラメルのようなお菓子を購入して意を決して雨の中自転車を走らせました。


ずぶぬれになった僕をとても親切に迎えてくれて、タオルで身体を拭いているともう一人のゲストだというロンが現れました。「ヨカッタ、一人じゃなくて」とホッとして自己紹介するとロンも教会での知り合いだとのことでした。


ほどなくサンデーランチの準備が整い、皆でダイニングルームに着席し食事前にクリスチャンらしくお祈りがありました。


家長であるレオンがお祈りを捧げるのですが声が低くボソボソ言うので聞き取れません。
最後に「アーメン」と唱和して食事が始まりました。


ローストポークと温野菜の付け合せで、デザートにリンゴのクラムブルとアイスクリームという英国人にしてはアッサリとしたシンプルなものでしたがとても美味しかったです。


食事中は「どうしてこの国にきたのか」「何を今しているのか」「これからどうするのか」といった定番の質問に答えながらいろんな話をしていると、普段独りで黙々と食事をしているせいか、どことなく満ちた気分になっていきました。


そしてついにくるだろうなと予想しつつも恐れていた宗教の話題に。


僕はまったくの無宗教な無責任な男でして「どう思う?」「日本はどうなの?」なんて話を向けられると「ンー、日本は基本的には、アー、仏教国ですが、ウー、そのなんと申しますか物質主義と申しますか、ソノー、今の若い人のあいだでは・・・」などとシドロモドロもいいところで、改めてこの無宗教感覚というか無教養な自分を恥ずかしく思うのでした。


話が弾んで三時間ほどがアッという間に過ぎ、ロンが「そろそろ夕方の礼拝に行かねば。」といってお開きとなったのでした。


ケンブリッジはヨークに比べると都会で行き交う人々はどことなく冷たい印象をもっていたのですが、キリスト教の博愛精神のもと新たな友好の輪が広まったことはなんとも有難いことだと思います。


そんなサンデーの午後でした。