どうして「スバラシキ英国園芸ノススメ」なのか

ちょっと読んで 「あんまり面白くないなぁ」 と思った方。
騙されたと思ってしばしお付き合い下さい。

7年間の英国留学中にしたためたメールは300を越えました。
そしてこれが 「尻上がり的」 に面白くなっていくのです。

当初の初々しい苦学生の姿から、徐々に英国に馴染んでいく様子は100%ノンフィクションのリアルストーリー。

「スバラシキ英国園芸ノススメ」の旅はまだ始まったばかりです。

2014年3月20日木曜日

2003年08月28日 「新居にて」

雨が全く降らず茶色く枯れこんだキューガーデンの芝


日本は残暑が厳しいとか。

当地は英国としては気温はまだ高めながら、朝晩は少々冷えるようになり秋の気配もチラホラです。

ただ、8月に入ってからは一日も降水が無く、辺りはカラカラに乾いています。

普段は緑が美しい芝も今は渇ききって茶色に枯れてしまっています。

さて26日(火)に一時的に居候をしていたケンブリッジからロンドン郊外のキューに引越しをしました。

7月末にヨークを引き払い、ケンブリッジの友人宅を転々としている間は言うなら「住所不定」であり、加えて「無職」でありますので、ここで犯罪に手を染めれば「住所不定無職、タテバヤシマサヤ、38歳が・・・」という活字が新聞に踊っていた訳で、生まれて初めての「住所不定・無職」をハラハラしつつ過ごしておりました。

今度の住まいは、普通の一軒家(英国でいうセミ・デタッチド・ハウス=2件の家がくっついている形式)で、大家さんと同居です。

大家さんは60~70代と思われ、子供が独立して出て行ったので、1部屋をキューの学生に貸すことにしたそうで、清潔で暖かそうな家です。

大家さん同居だけあって、色々と気を遣うことも多く、「プライバシー」がもうちょっと欲しいなぁ等とも思わくもないですが、そんな貧乏学生の分際で贅沢は言えません。

家賃はこの辺の相場から見れば安くて、しかもキュー・ガーデンまでは徒歩15分程度とロケーションも良く、一旦学校が始まれば忙しくて、そんなことは気にならなくなるだろうと思っています。

大家さんはリタイヤした一方で文筆業などでかなり忙しくしている様子で、しかも1年の内の4分の1、つまり3ヶ月間はフランスの別宅に行ってしまい、留守の間は「ボクの城」となります。

問題が2つあって、ひとつは部屋がやや狭いこと。

この4年間で思いの外、荷物が増えてしまい、この全てを持ち込むのは無理という判断に至り、ケンブリッジで荷物をひっくり返して当面必要なものと暫くは使わないものを分けて、ケンブリッジの植物園のジョンのオフィスの隅に積み上げて置いてきました。

今後3年間、埃をかぶっていることでしょう。

問題その2は猫がいること。

僕は基本的に動物好きではあるのですが、どういう訳か猫だけは身体が受け付けないのです。

猫アレルギーのクセに猫と同じ屋根の下で大丈夫かっ!?という危惧もあるものの、「やってダメだったらその時に考えるべし」と、自分の哲学を実践するのみです。

まあ、猫と毎晩一緒に寝ろ、と言われているわけではなくて大家さんが不在の際にエサをやってくれ、という程度ですので大丈夫かな、と。

そして引越しをした昨晩。

大家さんが家について説明をするから、ということで約一時間掛けて話を聞きました。猫のエサは、食器は、ゴミは、ヒーターは、と矢継ぎ早に次から次へと説明を受けて、頭から湯気が出そうになります。

一番困惑したのが、「アラーム(警報)」。

さすが大都市ロンドンだけあって、犯罪発生率もかなりのものなのでしょう。

窓、ドアなどにそれぞれ鍵が掛かり、外出の際には警報装置をセットするのだそう。

当然にして僕もこれを操作せねばならず、昨晩は大家さんの指導のもと、「練習」を数回しました。

「ハイ、その鍵を右に90度回して、青のランプを確認したら、鍵をさらに90度回す。ハイ、アラームがなったら約35秒以内に外に出て、赤い小さなボタンを押す。そして、施錠・・・・」

「あのぅー、青のランプでは無くて、赤いんですけど」

「それは上の3つの部屋の扉のうちどれかが開いているからよ。見てきて。」

「うへー・・・」

てなことを繰り返してなんとかアラーム・セットを習得しました。

一日ではとても全てを覚えきれず、今日はこれから「留守電の取り扱い」について「講義」があります。

園芸の勉強より大変カモ・・・、と先行き不安です。

新居の住所を記しておきます。

出張、旅行などで英国にお立ちよりの際にはどうぞお気軽に声を掛けてください。

それでは、また。

2014年3月12日水曜日

2003年07月30日 「ヨーク別れ話」

デイブ君とジャパニーズ・レストランで

申し上げたように10日間留守にしていましたが、いよいよ最終的な引き払いをすべく、ヨークに戻りました。

戻って腰が抜けました。

というのは、この4人住まいのアパートは既に2人が出て行き、50代後半のおじさんと僕の二人住まいだったのですが、留守にする直前2人の女子大生が新たに入居してきました。

「女子大生と同じ屋根の下」・・・なにやら響き的には悪くないカンジもしないでもなくもないですが、とんでもございませんデス。

特にこの内の一人がこのアパート全体を完全に「アタシんち」化させてしまいました。

具体的には、自室はいうに及ばず居間、台所、浴室などをピンク、黄色、青などに塗りたくり、そのケバケバしさには脱帽モノです。

居間は皆の共有空間なはずですが、ソファなども自分好みのカバーを掛け、ロウソクを飾り、レイアウトを変え、個人のモノ、例えば靴やビデオ、雑誌などをそこらに撒き散らしてあります。

2人はそもそも友人らしく、一方の女の子は気にしていない様子。

カベにはジョージ・クルーニ、ブラッド・ピット、トム・クルーズ、ヒュー・グラントなどの写真を雑誌から切り取ったものをコラージュ風に貼ったお手製ポスターが飾られ、階段の手すりには、洗濯モノが所狭しと並んでいます。

「パンツとかブラジャーをこんなところに乾すなっ・・・・・・」と当世英国女子大生気質を目の当たりにし胸が悪くなってしまいました。

僕は一日でヘタってしまいました。

幸い木曜日の午前中で僕はこことはオサラバするのでいいのですが、「50代後半のおじさんよ、幸多かれっ!」

そんなことはさておき、ヨークから戻った晩に一足先に出ていったデイブ君から誘いがあり食事に出掛けました。

「ヨーク最後だろうから送別会をやろう」というなんとも思いやりのある言葉に少々感激いたしました。

彼はヨーク大学で化学の博士課程にあり、同居していたときは僕の卒論のつたない英語の手直しをしてもらったり、ホント助けてもらいました。

そんなスペシャルな晩に何を食べたかというと、「日本食」です。

つい最近ヨークにオープンしたジャパニーズレストランに行こうというので行ったのですが、期待通り不味くてガッカリしました。

ロンドン以外でこの手のジャパニーズレストランというのにまともなものはありません。

そもそも店員に日本人は一人もおらず、皆恐らく中国人だと思われます。

生の魚(刺身)を食べてみたいというデイブ君の要望に従い、彼には「刺身」「スシ弁当」、僕は「えび天ぷら」「チキンカツ弁当」を注文。

ハイ、と出てきた刺身をみて全身の力が抜けました。

恐らく切れる包丁を使っていないのか、はたまた切り方を知らないのか、「ちぎった」様なナマ魚がホンの少しだけでてきました。

見た目でサーモンと分かりましたが、イヤミも込めて「これは何ですか?」と店員に聞きますと、「サーモン・サヒミですぅ」。

一口どうだい?というデイブ君のススメで一口食べてみましたが、生臭くて食べられたもんじゃあありません。

これナマで食べられるサーモンだろうか?と不安指数がグーンと上昇します。

天ぷらも、チキンカツも自分で作った方が1000倍美味しいです。

「すまぬ、デイブ君よ」と自分が悪いのでもないのに謝りたくなってしまいました。

帰り道は一緒に途中まで歩き、最後に硬く握手をし互いの健闘を誓ったのでした。

そしてその翌朝が例の隣村のおばあさんの庭の手入れの最後の日。

引越し準備で忙しく「1時間」という約束で、丹念に芝を刈り込み、終えました。

おばあさんの犬、べスに「人が話しているときは聞けよ」と説教しているところ
例の「バイト代過少払い」の件以来は何ら問題はなく、最近はキッチリと払って貰っていました。

おばあさんには全く悪気はなく、あまり気にしないタイプだったというのが原因だったのでは、と想像します。

文句を言いたいのを「んっぐ」と飲み込んで、最終的には正解だったな、と今は思います。

おばあさんは最後に「サイン帖」を出してきて、「アナタのおかげで、とても良い庭になったわ。特に池の周りははこんなに賑やかに花が咲くことはなかったのに・・・・。ここにあなたの名前を書いていって。」というので、「MASAYA TATEBAYASHI / TOKYO JAPAN」と書いておきました。

本当ならチャンと住所を書くところでしょうが、未だ引越し先が決まっていないので。

そして「ハイ、これ」と貰ったバイト代は7ポンドではなく、10ポンド。

何やらTVドラマ北の国からで、父ゴロウから封筒に入った泥のついたお札を貰ったジュンの気分で、感動いたしました。

さて、これから一旦ケンブリッジに荷造り済みの荷物を運び込み、トンボ帰りでヨークに戻ります。

自分の小さい車では全て乗せ切らず、数回往復せねばならないのです。

ヨーク~ケンブリッジ往復約520キロ。安全運転いたします。

それではまた。

最後には良いおばあさん、ミセス・テイラー