どうして「スバラシキ英国園芸ノススメ」なのか

ちょっと読んで 「あんまり面白くないなぁ」 と思った方。
騙されたと思ってしばしお付き合い下さい。

7年間の英国留学中にしたためたメールは300を越えました。
そしてこれが 「尻上がり的」 に面白くなっていくのです。

当初の初々しい苦学生の姿から、徐々に英国に馴染んでいく様子は100%ノンフィクションのリアルストーリー。

「スバラシキ英国園芸ノススメ」の旅はまだ始まったばかりです。

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2013年4月26日金曜日

2002年09月06日 「引越のことなど」


9月。

お知らせしましたように水曜日に無事ヨークに引っ越しました。

土曜に荷物を全て車に積み込み、そのまま4泊ケンブリッジの友人宅を泊まり歩き、しばしケンブリッジ、ロンドン界隈をゆっくり歩いておりました。

学校は来週の火曜日からで、それまでは、ヨークの新しい部屋で独りになり、どことなくセンチメンタル、かつメランコリックな気分でいます。


引越し。

これはなかなかドラマチックでしたね。

2年間住んだGWYDIR STREET(ぐぅわいだぁ すとりーと)は、ビル君という隣人に恵まれ、ケンブリッジ内でも指折りのパブが2件も近くにあり、街の中心地まで徒歩15分、植物園徒歩15分、駅徒歩10分と、とにかくアクセスが良く、馴染みのパン屋、新聞屋、カフェもできて、気に入っておりました、2点を除いては。

その2点とは。
①部屋が結露し、そこにカビがはえること
②大家のおばちゃん(ジル)が極度のおしゃべりなこと

①は特に冬に室温と外気温の差で起きると思われますが、その結露を煽ったのは、僕 が電気代をケチって暖房(電気ヒーター)のスイッチを限界まで入れなかったかもしれません。

2年間に渡り育て上げた「カビ君」たちはタンスの裏、チェストの裏、本棚の裏、TVの裏などに広がり、最後には凄惨を極めておりました。
(記録として写真もとってありますが、食事中のことも考慮して添付はやめておきます)

ここで大家のジルとのカケヒキがあったのですが、このカビに加え、「電気代」「市民税」「敷金」を絡めつつ説明せねばなりますまい。

電気代」とは、2000年9月に入居した際、ジルが言うには「本来は部屋に備え付けてあるメーターがゼロになったら、コインを入れてメーターを巻き上げるのだけど、この部屋は壊れているので、今一緒に目盛りを読み合わせして、後で清算しましょう。」といって一緒に目盛りの数字を読み上げ、それをメモしてありました。

14ヶ月後の2001年11月上旬に「1度電気代を払ってもらおうかしら」といって、再び数字を読み合わせると、その数時は逆に減っていて電気代請求の根拠がなくなってしまいました。

ジルは「困ったわねぇ。じゃあ月平均10ポンドってことで良いわ」とアッサリ言うのですが、こちらとしては「冗談じゃあございません」デス。

普段、苦学生、ケチケチ学生を標榜するワタクシとしては、電気ヒーターは電気代がかさむとして、膝には寝袋、上半身はダウン、頭にはニット帽で過ごし、寝るときもマイナス7度対応の寝袋で過ごしてきたのに、それを「平均」などという一言で片付けて欲しくはないっ、と訴えたところ、そこで電気代の件は頓挫してしまいました。

そのことを隣人ビル君とパブでビールを飲みつつ話すと、「でも、お前は毎日料理するだろ、暖房だって全く使わない訳じゃあないし。それはお買い得かもよ」と言われ、ジルに13ヶ月分として130ポンドの小切手を送りました。

電気代は調査する、といったそれ以来、今後どうするかも決めないまま、その件についてはまったく音沙汰がなくなりました。


「市民税」
これは日本の固定資産税と市民税の中間にあたる気がしますが、まあ、家一軒ごとに課税され、大家はそれを店子の数で割って請求してくるのだと思います。

ある日、あるところで「学生は市民税は払わなくていい」と小耳に挟み、大いに興奮しました。

2年分の約300ポンド、払うと払わないでは雲泥の差があります。

ある日、ジルに出くわした際、市民税の件にことが及び「僕は学生なので払わなくて良いと思うのですが・・・」というと、ジルの顔色がササーッと変わり、「イイエ、あなたの今の身分は学生ではないから払う義務があるのよっ!」と、かなり攻撃的に言ってきました。

実際、本件は小耳に挟んだ程度で、市役所に行って確認せねば、と思っていたので、確認前に議論するのは得策とは思えず、その場をなんとかつくろい別れました。

しかしその時に「This kind of argument is getting us nowhere」と言ったところ「アーギュメントですって?!、これはカンバセーションよっ!!」とジルの興奮した鼻息で3メートル程飛ばされそうになりつつ、「英語なんて嫌いだよ、クソっ」と情けなくなりました。

その後、市役所、無料市民相談所、などで相談したところ、払う払わないは大家と店子の間の取り決めだということで、決定打が見つからないまま、悶々としていましたが、あの口から先に生まれてきたようなジルに議論、しかも英語で勝てるはずもなく、諦めかけていたところ・・・・。

なんと救世主となったのは、隣室のビル君でした。

彼は普段から交流しているので、僕の事情を分かっていて、ジルにうまく取り入って、学校側から僕が学生である旨の手紙を貰えればそれで放免するとのことで、拍子抜けするほどアッサリ解決してしまいました。

その時にビルが言うには「ジルが、部屋をでるまでにカビをふき取れ、と言っていたぞ」とのことでしたが、「何で、オレが?」と突っぱねようとしたところ、「敷金の事があるだろ。やっぱり出来るだけキレイにした方が良いよ」と説得され、暇を見つけては、ゴム手袋とマスクをして、英国版カビキラーで、シューッシューッ、ゴシゴシとしてはみたものの、2年間に渡り育ってしまったカビはそんなものでは落ちません。

でも、「何でこんなこと・・・」と涙ぐみつつも出来るだけのことはしました。

そして、事態は更にフクザツになりますが、僕の部屋がカビだらけの状態だったためかどうかは知りませんが、9月からの入居者が決まらずにいたところ、ある日植物園の同僚のマークが「実は急な事情が出来て部屋を探してるんだけど、オマエの部屋見せてくれない?」と言われ、表事情、裏事情も全て説明して見せた所、かなり切羽詰っていたようで、ナント翌日大家と契約してしまいました。

かくして、僕が8月31日に車でマークの家に荷物を取りに行き(マークは車がないので)、そのまま僕の部屋にめでたく入居する、という、当初想像だにしない結末となりました。

一番喜んだのは大家のジル。

なんてったって家賃の取りもれがない無駄の無い見事な家賃リレーのバトンタッチとなった訳ですから。

最後は、部屋を雑巾で拭き、掃除機をかけてマークに引渡しをしましたが、やおらジルが部屋に入ってきて、「カビは拭いたのか」「洗面台は洗ったのか」等といろいろ「ケチ」を付けてきました。

想像はしていましたが、敷金「238ポンド」から幾らか取ろう作戦です。

結果的には、
①電気代は昨年払った130ポンドで放免
②カビを含め部屋の掃除代50ポンドを敷金から差引
で話が付きました。

市民税が浮いたこと、電気代も実質過去約半年が浮いたことで、溜飲はかなり下がったものの、このオバチャンともう2度と会わなくて良いのかと思うと、それが何よりです。


後日談を幾つか。

(壱) 「さらばっGWYDIR STREETよ!」と意気込んで出発したものの、その晩から宛てにしていた友人の家の電話番号が、引越しのドサクサで見つけられず、結局その晩は、「また来たよ、GWYDIR STREET・・・」とビル君の部屋の床で寝袋で1泊したこと。

(弐) マークは新しく入居したものの、大家はやはり部屋の全面的な塗り替えが必要だと思ったらしく、塗装が完了するまでの3日間何処かで寝泊まりしてくれと言われ、話が突然だったマークは最初の1泊はユース・ホステルに泊まったのだとか。

当然、代金は大家持ちながら、「申し訳無いっ、マーク君!!オレが変な部屋を紹介したばかりに・・・」と少し罪悪感が。

そして、水曜日の午後からこのヨークの住人となりました。

部屋探しの段階で第一条件が「セントラル・ヒーティングがあり、カビの恐れがないこと」だっただけに、今度は暖かい冬が送れそうです。

どうなりますやら。

日本はこれからかなり良い季節じゃあないでしょうか。

どうぞ、去りゆく夏を惜しみつつ、来るべき秋を元気に満喫下さい。

それでは、また。



2013年4月12日金曜日

2002年08月21日 「2002年・夏」



残暑お見舞い申し上げます。

と書いておきながら、こちらは申し訳ないですが1年の内で一番良い季節です。

英国の夏は、日照時間が長く、湿度は低く、数々の花が次から次へと見頃を迎え、冬の鬱陶しさとは対照的に過ごしやすく、良い季節です。

湿度が低いというのがカギだと思いますが、街中でクーラーのある施設はスーパーか大型の本屋くらいのもんで、車に至ってはよほどの高級車でない限りエアコンはついていません。

朝晩は少々冷えこむこともあって、朝の通勤時間帯などにはダウンジャケットを羽織っている人を見かけたりもします。(これはちょっと着すぎ、と思って見ていますが)

実際、夜中には10度を切ることもあるので油断は出来ません。

今日は8月20日。
丁度3年前の今日、成田を発ったのですが、「丸3年かぁ」と思うと長いような、短いような、不思議な感覚にとらわれます。

とにかく自分の中では記念日。
密かに祝杯をあげます。

さて、8月。僕も少々夏休みらしいことを幾つかしてみました。

第一は「北海で泳いだ」こと。

北海と大袈裟に言ったって、そもそもイギリスの東部は北海に面しているのでそれほど鼻息を荒げて言うほどのことはありませんが。

でも「北海油田」なーんていってイメージで沸くのは寒々しくかつ荒々しい海で、ここで泳ぐというのは一生の記念になるのでは?と思って決断した次第。

アパートの隣の部屋のビル君の実家に誘われて遊びにいった際、海岸まで徒歩5分ということで夕方に散歩がてら出掛けました。

するとビル君が「泳ぐぞ」と言って、スルスルと着ているものを脱ぎ、短パンいっちょうで、「入水時には少々の気合と勢いが必要なのだ。後から付いて来い」と、ヨロヨロと走って海に入りました。

海の中から「来いヨー、気持ちイイぜっ!!」と手を振るので、ためらいつつも試したところ冷たい海水の返り討ちにあい、即引き返しガタガタと震えておりました。

「そうやって風にあたるから余計に寒いんだよ、慣れれば海の中の方が暖かいゾ」と ビルは言うし、夕方とはいっても既に19:30を回り、相当日が西に傾いた状況ではサッサと一泳ぎして、早々にここを引き上げた方が得策に思え、意を決し入水しました。

まあ、慣れれば少しはマシではありましたが、回りを見渡したって日中ならまだしもそんな時間に泳いでる人は1人も見当たらず、海岸ではコートを着て犬の散歩をしている人達がニヤニヤしてこちらを見ています。

海から上がって裸足で、短パンからポタポタと海水をしたたらせつつ家路についたのでした。

そんな訳で北海スイミングのデビューを飾りました。


第二は「フォーク・フェスティバル」。

これもビル君の企画で、ケンブリッジで毎年夏開かれる「フォーク・フェスティバル」にビル君の友人達と繰出しました。

これは木曜日~日曜日までの計4日間通して行われる、英国最大のフォークフェスティバルで、毎日昼頃から野外コンサートが始まり、深夜12時頃に終わり、その会期中は近所の大きな空地で4泊キャンプ生活をする、というもの。

これはかなりメジャーなイベントで、英国中ならずもアメリカやヨーロッパ各国から熱心なファンが来てのお祭り騒ぎの4日間です。



そういう人のためのキャンプ場なのですが、僕らはスグに帰れる場所に家がありながら敢えてテント生活を選択し、浮世離れした4日間を過ごしました。

会場には3つのテント・ステージがあり、そこに入れ替わりで色んなバンドが出てきます。

観客は見たいバンドを見れば良くて、あとの時間は会場内でビールを飲み、芝生でゴロゴロして過ごします。

ビル君の友人達と総勢7~10人のグループで、既に以前のビア・フェスティバルなどで知った顔も何人か含まれていました。

ビア・フェスティバルで見かけた・・・、という一抹の不安が的中し、初日は「フォーク・フェスティバル」なんだか「ビア・フェスティバル」なんだか分からない程飲んでしまい、何のバンドを見たのか皆目記憶に無く、その反省から2日目からは朝の内に見たいバンド、ステージなどを決めて、のんべえ達とは別行動を意識してとるようにしました。

事前に出演者リストを見たときは、知っているバンドはただの一つだけ(因みにチャンバワンバで、「果たしてこれはフォークなのかっ??」と疑問)で、「果たしてこれで楽しめるのか!?」と不安では有りましたが、ナンノナンノ実際に見て聞くとこれは良いモンでした。


「フォーク」というだけあって、基本的にはギター、バイオリン、バンジョー、アコーディオンなどの素朴なもので、「アイリッシュ風味」「スコティッシュ風味」「デキシーランド・ジャズ風味」「ゴスペル風味」・・・と色んな風味が混じった素朴な音楽をリラックスして楽しんだのでした。

今回の発見は「The Be Good Tanyas 」(カナダ、バンクーバー出)、「IndigoGirls」(アメリカ、アトランタ出)の2組で、「良い音楽に出会ったっ!!」と大満足して、その場でCDを購入し、以来毎日ズッと聞いています。

特に後者は僕が知らなかっただけで、アメリカなどでは相当メジャーらしく、植物園にいるアメリカ人のベンにその話をしたら、「ナニーッ!!インディゴ・ガールズを生で見たのか!!」と頭を抱えるほど興奮する始末。

この2組、オススメです。

丸4日間、屋台メシを食い、ビールを飲み、音楽に酔い、テントで寝る、そんな「食う、寝る、遊ぶ」の4日間でした。

そして、最近は我が菜園が収穫絶頂期を迎えており、ほぼ毎日ニラを使って健康的に過ごしております。

自分が育てた野菜はやはりウマイもの。毎日食べ続けても飽きません。

ニラは収穫しても後から後から新芽を吹くので、食べても食べても追いつきません。植物園の連中にもお裾分けして好評を頂戴しております。

更に、かぼちゃも収穫期で煮物、かぼちゃポタージュなどを作り、これも秀逸の出来。

煮物などは「煮崩れしないように面取りして・・・」等と主婦的テクニックも駆使し、マズマズなんじゃあないでしょうか。

そんな夏を過ごしています。

が、そんなケンブリッジ生活もいよいよ残り2週間を切りました。

引越しもボチボチ始めました。

この2年間で思いの他、所持品が増えたことは驚きに値します。

冷蔵庫、冷凍庫なども中を見つつ、8月31日の引越しまでに片付けるように計算をしつつ料理しております。

引越し、新居、などに付いては語ることが多く、またの機会にお知らせします。

暑い夏、どうぞ健康第一でお元気でお過ごし下さい。
それではまた。





2013年3月22日金曜日

2002年07月22日 「131th the open」




第131回全英オープンゴルフがスコットランドのミュアフィールドでありました。

英国に来て以来、毎年見に行っている自分としては恒例行事となり、今回が3回目になります。

一昨年は2日間現地観戦し、1晩野宿。

昨年は4日間現地観戦し2晩車で寝て、1晩ホテル。

今年は少々作戦を変えて、現地へは1日だけとしました。

これは、入場料が結構高いこと、終日観戦すると随分と消耗すること、といった経済的にも肉体的にも負担が大きいことがあげられます。

そして朝から晩までひたすら忍耐強く良い場所を確保してトイレも我慢してストイックに観戦したところで所詮はTV中継が1番良い場所で見れるというのは、いかんともしがたい事実。

そこで今年は初日(木曜日)は夜TVにてダイジェスト観戦、2日目は休みをとって朝からBBCで完全中継されるTVを9時から19時半まで10時間半TV観戦、3日目は現地に足を運び観戦、最終日はTVで仕上げる、といったプラン。

現地へ足を運ぶというのは英国に折角いるのだから、その機会を活かさないテはない、という理由からですが、それだけのことはあって会場の雰囲気、そして何といっても世界のトップランカーたちが自分の目の前でプレーするというのはまさに夢のようです。

今年行って良かったと思ったのは「グレッグ・ノーマン」を生で見れたことでしょうか。

これまでの2大会では見なかったので、生を見て改めてスイングの早さにビックリでした。

帽子からはみ出た金髪といい、独特の雰囲気を持っていてカッコ良いっ! !さすがシャークとホレボレしておりました。

この雰囲気を持っているというのはスター選手にのみ備わっているものなのでしょう。

今回プレー・オフにもつれたアーニー・エルス以外の3人は、ここまで残る実力はあっても、その「雰囲気」という後光は全くさしていなかった気がします。

僕がミュアフィールドに見に行ったのは土曜日です。

植物園の温室の責任者ロブが一緒に行きたいというので、この日は深夜2時に彼の家に迎えに行き2:30にケンブリッジをでました。

ケンブリッジからミュアフィールドまで片道350マイル(約560キロ)、現地の駐車場に車を停めたのは出発からキッカリ6時間後の朝8時半でした。

この日は生憎の天気で、朝は小雨程度でしたが、徐々に天候は崩れていきました。

ロブと相談した結果、7番グリーン横の「やぐら」であれば7番のパット、8番のティーショット、はたまた双眼鏡で6番グリーン、11番のフェアウエーが見れるということで10時から席を確保してその場所で17時半まで7時間半粘ったのでした。

しかし、この日の天気は最悪で、コレが7月か?という位気温が下がり、雨が殴りつけるように横から降りつけ、強風が吹き荒れるといった具合です。

15時頃に、あまりの寒さでロブに「天気の回復の兆しも無いし、そろそろ退散しない?」とギブアップのサインを送ったのですが、「イヤ、オレは初めての経験で大変興奮していて、何としても最終組まで見届けたいのだ」と言うので、それに従わざるをえなくなりました。

寒かろう、天気はスコットランドだけにアテにならなかろう、と想定し、用意したシャツ、ラグビージャージ、フリース、そして上下のゴアテックスの雨具を着込み、更にフリースの手袋、帽子を使っても!!・・・・寒くて、寒くてツライ観戦となってしまいました。

いでたちは「ゴルフ観戦」というよりむしろ「スキーもしくはスノボ」といったところです。

吐く息は白く、なんとも季節感を欠いた状況に。

その日の荒天はやはり少々異常だったらしく、かのタイガー・ウッズもプロデビュー以来の自己最低スコア「81」を叩き、双眼鏡で覗いた丸山茂樹の手にはオレンジ色のホカロンが見えるほど。

17時半にやっとのことで最終組、エルスと丸山が通過していくと、ロブと二人して震えながら車に戻り、暖房全開でしばし放心状態でした。

手は寒さの為か、小指と薬指がしびれるというか感覚が麻痺していました。

しかし、スコットランド人はこういうのに慣れているのか、中には傘もささずびしょ濡れになりつつ、何事でもないようにジッと観戦しているツワモノモがいたり、ゴルフ好きの彼氏に誘われて来ちゃったの的な女のコの足元がサンダルだったり、短パンのお兄さんがいたり、同じ人間でこうも違うのは不思議、と感心するやら、呆れるやらでした。

18時にゴルフ場を後にし、途中近所の街で食事をして再び350マイルの道のりをひたすら南下し、ケンブリッジに戻ったのは深夜1過ぎでした。

まあ、植物園の連中からはスコットランド日帰り観戦について「クレイジー」「自殺行為」と言われていましたが、事故もなく無事に帰ってこれたのは何よりでした。

2013年3月13日水曜日

2002年06月24日 「夢のあと」



ワールド・カップ、すごい盛り上りですね。

開催国ともなると、それは格別だと思いますし、日本が決勝トーナメントに出たとなると、その過熱ぶりも想像に難くありません。

しかし・・・、今や日本も、イングランドも姿を消してしまいました。

こちらでは、それまでは「9月11日」以降のアメリカかっ?!という位、家の軒からはイングランド国旗が垂れ下がり、車にはミニ国旗が飾られ、それはスゴイ盛り上りでした。

ただ、日本との時差の関係で、TVの中継時間が朝7時半、昼12時半と何とも盛り上りにくい時間帯であったことは、イギリス人の不満であったようです。

この前の金曜日はブラジル×イングランドの試合がこちらの午前7時半からあり、勝手に3連休にしちゃったツワモノもかなりいたようで、午前中は試合でヒッソリ、午後は敗戦ニュースでヒッソリ、と普通じゃあなかったです。

イングランドの敗戦はGKのシーマン選手のミスと見なす意見が多く、新聞などでは「シーマンのヘアスタイル(ポニーテール)を嫌い、マゲを落とす人が絶えない」などと冗談のような記事も目にしたりします。
僕自身は冷静に傍観していたという感じでしょうか。

①そもそもサッカー・ファンではない
②ラグビーのワールドカップで悔しい思いをした
③TVがあろうことか先々週の金曜日に壊れた
というあたりが理由です。

それでも、ダイジェストなんかで日本の躍進振りを見たりするにつけ、多少の興奮は覚えましたが。

理由その②は解説が必要で、1999年にイギリスでラグビーのワールドカップがあり、僕は昼の「日本×西サモア」という試合をウエールズまで見にいってました。

その日の夕方に「ニュージーランド×どこか」の試合があり、これは見逃せないっ!!と力んだものの、当時僕はTVを持っておらず、観戦するとすれば最寄のパブでと思いつき、まさに車をぶっ飛ばしてウエールズからヨークに舞い戻りました。

大型スクリーンのあるパブに着くと、既に多くの人が集まりビール片手に相当盛り上っています。

よっしゃーと僕もビールを片手に中継時間を待ちました。
そして、中継時間にTVに移ったものは・・・・・

「サッカー」ですよ。

ラグビーは「ワールドカップ」ですよ。

そのサッカーは普通の通常のただの「サッカー」ですよ。

一気に力が抜けましたね。

しかし、店を変えると言ったってアテもなく、よしんばあったとて車で20分とかです。

諦めかけたそのときに皆が大型スクリーンに向かう、まったく逆の方向に小さなTVがついていて、そこに「ニュージーランド×なんとか」が映っているのを発見。

「おおっ」とその画面にかぶりつきましたが、その店内で僕一人だけが皆と逆の方向を向いて、音声すら流れないラグビーを見る、という辛酸をなめたのでした。


そもそもイングランドではサッカーが圧倒的な人気でラグビーはボチボチ。

サッカーは庶民向け、ラグビーは少々インテリ向けという暗黙の仕切りがあり、圧倒的に労働階級が多い訳ですから、どこでもサッカー、サッカーとなる訳です。

これがウエールズに行くと、インテリ×庶民、ブルーカラー×ホワイトカラーという仕切りではなく「ラグビーは信仰」となります。

ここが大きな違い!!

よって、ウエールズではサッカーなんか流してるパブはほぼ皆無で、ラグビーの試合さえあれば「ラグビー」となります。

何が言いたいかというと、ラグビーのワールドカップでそんな思いをしたので、「誰がサッカー如きのワールドカップ如きに熱如きをいれられようか如き」ということです。

まあ、屈折してるのは承知なんスけどね。でも、普段サッカーって言ってるわけでもないのにいきなり「サッカー・ファン」にはなれませんもの、やっぱり。

そもそも「オフサイド」を知らないんスから。
にわかファンを気取るのもはばかれる気がします。

理由③もこれはとんだハプニングです。

金曜日、夕食後ノンビリとTVを見ていたら「ブツッ」という変な音がした後、にわかに焦げ臭い香りがたち込めました。

それ以来、ウンともスンともで、今度修理屋に持って行かねばなりません。
当然金が掛かりますし、最悪の場合TVを諦めるか、新調するしかありません。(このケースが濃厚と読んでいますが)

ベッカム人気は日本でスゴイらしいですね。
確かにカッチョええです。
ベッカムブームが起きるあたり、いかにも日本、頷くことしきりです。

しかし、日本のサッカーを見ていて、首を傾げちゃったのは、どーして皆普通の髪じゃあないのか、ということ。

茶、金、赤・・・とまあカラフルで、何かヘンでしたね。

見慣れないせいか、かなり違和感がありました。

あと、周囲のイギリス人から必ず聞かれるのは、「何で日本人がイングランドのユニフォーム着て、イングランドの国旗を振って、顔にイングランドのペイントをしてまで、応援してるの?」ということです。

「ごもっとも」という感じで、これの逆はありえませんもの。

「お祭り気分なんじゃないの?楽しきゃイイのって国民性は確かにあるし」と答えていますが、どうなんでしょうか。

開催前はまだまだ先の話と思っていたワールド・カップ。もう終わりが近くなりました。

個人的な次なるビッグなスポーツイベントは、今年もやってきました「THE OPEN」で、今年は現地へは1日だけ。

ケンブリッジ⇔スコットランド日帰り強行作戦を練っています。

それでは、また。

2013年3月6日水曜日

カモ親子




御無沙汰しております。

いつの間にやら既に6月に突入しました。

今世間のもっぱらの話題は何と言っても「ワールド・カップ」でしょうか。

当地は日本との時差の関係でTV中継が午前中、もしくはお昼過ぎとなるためにパブでビールを飲みつつ仕事を気にせずに盛り上る、という環境ではないながらも、それなりの盛り上りを見せています。

今日はイングランドVSアルゼンチンの試合があり、報道によると5人に1人が仕事を休んでTV観戦したのだとか。

中継は昼12:30からで、僕は昼休みの間だけTVを見ました。

植物園でも半休をとる者が数人いて、それを見た責任者が特別に「一時間休」をとっても良いということになりました。

これは昼休みと、この一時間休をくっつけるとTV中継を全て見れるという計らいで、その一時間分はセクションのリーダーと打ち合わせた上でどこかで穴埋めれば良い、というもの。

ここぞ、という輩が続出し、午後は静かな植物園でした。

僕は昼休み中の前半にイングランドが得点した所を見て、仕事に戻りましたが、まあそんな程度で十分です。

夜にはハイライト、ダイジェストなどが目白押しなので、何も無理しなくてもと思ってしまいます。

夜7時頃のニュースで「では、現地の××レポーターを呼んでみましょう」といって元気そうにTVに移る日本に出張中のイギリス人レポーター。

しかし、こちらの夜7時は日本の午前3時ですよ。日中は取材、明け方まで本国へのTV中継に付き合って、さぞや大変だろうと同情してしまいます。

別の話題としては、恐らく日本にはあまり伝わらなかったかもしれませんが、先週末は女王陛下の即位50周年記念で世間は土~火までの4連休。

毎日、記念コンサート、イベントなどがあり、国内は大変な盛り上りでした。

特に月曜にあったバッキンガム宮殿での記念ポップコンサートでは、往年のイギリス・ポップスの大御所がゾクゾクと出てきて、特にエリック・クラプトンとクイーンのギタリスト、ブライアン・メイがギターを弾き、フィル・コリンズがドラムを叩き、ポール・マッカートニーがキーボードを弾きつつ歌うなんてのを見ると、もう言葉も出ない、シビレ具合です。

これらのイベントを見ていて思ったのは、英国王室は日本の皇室に比べ庶民に身近な印象を持ちました。

天皇即位記念コンサートがあったとして、皇居を使って、宇多田ヒカルや浜崎あゆみが歌うことはあまり現実的ではないですし。

さて、題名の「カモ親子」ですが、5月中旬頃にここそこに見かけるカモの出産(というか産卵→孵化)シーズンだったようで、あちこちで可愛らしいカモ親子を見かけるようになりました。

植物園内にも何組かの親子がいるのですが、その中の1組は人見知りもせずにエサを求めて園内を闊歩して、いわば園内のアイドルのような存在になりました。

しかし。

この親子、生まれた時は11羽の子カモがいたはずなのに11→8→6→4→3と徐々にその数が減っていき、現在はたった3羽の子カモとなってしまいました。

これが自然界のオキテというものなのでしょうか。カラス、キツネ、ネコなど天敵が多くその数が減っていくことは必然ながらも、今日も元気にエサを求めて行進する親子を見ながら、世の無常を感じずにはいられないのでした。

そんな訳で、ケンブリッジ生活も残り3ヶ月を切ってしまいました。

一抹の寂しさを禁じえない一方、やることが多くて地に足がつかない毎日です。

日本は梅雨間近で鬱陶しい天候でしょうか。

どうぞお元気で。

ではまた。

2013年2月18日月曜日

2002年05月6日 「ままならぬお家探し」


ゴールデン・ウィークも終盤。如何お過ごしでしょうか?

さて、私としてはこの週末は金曜日に休みをとり、金、土と2日間ヨークに出掛け、9月からの宿探しをしておりました。

これ、なかなか思ったようにいかずかなり気持ちがブルーになりました。

1年目のようにキャンパス内の寮に入るのは容易いのですが、ここは若者が多い分騒がしく少々辟易しておりました。

更に値段がその分格安ならまだしも、結構な値段がするので、それなら街で部屋を借りた方がよかろうという計算です。

ついては幾つかの条件をもって部屋探しに臨んだのですが、その第一条件は安いこと。

現在のケンブリッジが毎月ザッと5万(光熱費、雑費抜き)ですので、それよりも安く。

そして、なんといっても譲れないのが「暖かい」こと。

もう2年間のケンブリッジの寒い、湿っぽい暮らしにはホトホト嫌気がさしていましたので、「セントラル・ヒーティング」のある部屋。

これを元にあまり贅沢はいえない部屋探しをはじめました。

街の不動産屋は高いので、ヨーク大学のつてから学生向けの宿のリストを入手し、片っ端から電話しました。

当初は、「駐車場がないからダメ」とか、「立地が良くないからダメ」などとマーカーペンで見当をつけていたのですが、イザ電話をして大家さんに面談を申し込もうとしても、そのほとんどが「4部屋4人向け」などという表示で、大家さんとしては個々に貸すのではなくて、一軒を丸ごとグループに貸そうとしているケースばかりで、「独りなんですが・・・・」と言ったとたんに断られるケースがほとんどで、選り好みしている場合じゃあないと悟り、片っ端からの電話作戦となった訳です。

日中の連絡先しかない先なんかもあったりして、もう植物園も半日休ませてもらっての集中架電作戦です。

そのような交渉は当然全て英語なのですが、見も知らぬ人にいきなり電話をかけて自分の事情を 分かってもらって、面談にこぎつけるというのは本当にストレスでした。

6時間以上電話を掛け続けている最中に、フト銀行員時代のボーナス時期の電話勧誘のことなど思い出しておりました。

そんなことを経て、金曜日に4件5物件、土曜日に3件3物件の予約をとりつけました。

しかし!!イザ物件を見てみると、自分の理想からはかけ離れたものがほとんどで、気持ちがどんどんと沈んでいきます。

若いドラ息子とその友人が住む荒れ放題の家の一部屋だったり、モノ凄くクセのありそうな大家さんと同居だったり、物件は素晴らしく平和な田舎の村にあり環境は抜群といえるが、村にはパブはおろか店も一軒もなく、バス停まで歩いて15分、ヨークの街からは20キロ離れているとか、部屋が恐ろしく狭いとか・・・・。


初日にあまりに強烈な体験をしたため、金曜日の夜は悲しくなり、思わず枕が涙で濡れそうでした。

そして、ケンブリッジの自分のショボい部屋が何となく素晴らしい部屋に思えてきました。

そんな中、2日目の2件目に「これだっ!!」という物件に巡り会えることができました。

これもグループ貸しが前提の大家さんを口説いて面談にこぎつけた先だったのですが、実際に見て全ての面において現状(ケンブリッジ)を上回ると思え、大家さんに「スグにでも契約したいのですが」とすがりました。

しかし、ひとつ気になるのは契約期間が「2002年7月1日~2003年6月30日」となっていることです。

当然来年の6月末には出なきゃならないでしょうし、実際の入居は9月1日ながら家賃は7月から払わなければならないことです。

まあ、とりあえず肝心なのは契約することで、その後のことはまたゆっくり考えようという楽天作戦です。

これをケンブリッジに戻って隣の部屋のビル君に話したら「7月から週末の別荘が出来たってことじゃん」となんとも他人事のお気楽なことを申しておりましたが。

そんな訳で何とか9月からの住処が見つかりそうです。

4人のグループというところに割り込んだので、他の3人がどういう人達になるのかは大変興味のあるところです。

基本的にヨーク大学の学生を対象にしているので、ひょっとするとヨーク大学の女子大生3人組ということもあるかもしれません。
そうしたら、オジさん困っちゃウ。

そんな脳天気なことを言いつつも金曜日の夜、本当にあわや枕が涙で濡れそうになったのは宿探しが難航したことよりも、むしろ「8月でケンブリッジを去るのか」という、もともと分かり切ったことが俄然現実味を帯びてきたことです。


年前の9月にヨークから引っ越してきた時は、ヨークが恋しくて、ケンブリッジなんて・・・などと思っていましたが2年近く暮らす内に友人、知人が増え、行きつけのパン屋、パブ、新聞屋など街にも馴染んできて、とても快適な暮らしをしていることに改めて気付いた次第です。

まあ、英国滞在全てを含め、この生活は永遠には続かないとは分かっていても、これだけ愛着のわいたケンブリッジから引っ越すのか、と思うとなんともセンチメンタルな気分です。

当地は明日月曜日はバンク・ホリデーといって国民の休日にあたっており、世間は3連休です。

が、そんなセンチメンタルな気分を味わった矢先、早く植物園にいって皆に会いたいものだ、とヘンな感じです。

5月の連休の頃は季節も良く気持ちの良い日が続くのではないかと思います。

どうぞ、楽しい連休をお過ごし下さい。



2013年2月8日金曜日

2002年05月06日 「パンドラの匣」


ラスベガスで「カジノ」というパンドラの匣をあけてしまいました。

アムステルダムでは「大麻」というパンドラの匣はあけずに踏みとどまりました。

そして、今日。
新たなパンドラの匣をあけてしまいました。

それは・・・・、「競馬」です。

競馬に詳しい方なら御存知のように、世界中に知られた競走馬の産地「ニューマーケット」の名前を聞いたことがあるでしょう。

これはケンブリッジのほぼ隣街で、ここで本日開催された「クラシック・レース」にアパートの隣人ビル君とその友人4人を含め計6人で繰出しました。

なんでも、このレース英国でも格式の高さではダントツなのだそうで、「何事も経験!」と、競馬には全く関心も知識もないにも係わらず誘われてホイホイとついていっ た訳です。

以前からイギリスの競馬は社交的で、日本の赤鉛筆を耳に挟んだ雰囲気とは違うと聞いていたので、一度は行ってみたいと思っていたところでした。

現にビル君と朝、 スーパーにワイン、チーズ、ハム、パンなどを買い出しにいって、競馬場の近くでレースが始まるまでの間、ピクニックをしよう、と画策しておりました。

しかし、先週はなかなか良い天気だったのに、今日は時折小雨混じりの風の強い日で、気温も全く上がらず、震えながら買ってきたものをさして味わう余裕もなくとりあえず胃袋に納め、レースに臨みました。

会場は大変な熱気で、やはりドレスアップした人もチラホラと見掛けます。漫画からでてきたみたいに、大きな帽子をかぶって、手袋をはめた貴婦人なんかもソゾロと歩 いていたりして、「イギリスじゃーん」等と変に感心したりしていました。

レースは14:00の第一レースから17:20の第七レースまでの計7レース。

ナント、全7レース全て馬券を買い続け、最初から最後まで堪能してしまいました。



というのは、第二レースで3ポンドで買った単勝馬券が当たり51ポンドを獲得したためで、その後の展開が楽になり小さな出入りを繰り返し、最終的にはトントンで終わりました。



アタクシはどうやら「勝つ」ようには出来ていないようです。

まあ、馬券を買うといったところで、大した策があるわけでもなく、単に名前が良いからといった程度で買うだけで、当たれば「マグレ」、はずれれば「当然」といったところでしょうか。

東洋から来たわたくしとしましては「LOOK EAST」という馬名を発見し、5ポンド買ったところ「勝てば630ポンド」という高配当が判明し、一瞬 めまいがし、相当興奮しましたが当然の如くただの紙切れとなりました。

ビルが言うように、天気さえ良ければ芝でゴロゴロしながらワインやビールを飲みつつ観戦となるのですが、今回は寒すぎてそれどころではありません。

しかし、目の前を馬が疾走していくというのは何とも迫力があり、昨年ビルとロンドンで見た「やぶさめ」ともども、馬って良いなぁと感動しました。

そして、この度決まりかけているヨークの自分のアパートから「ヨーク競馬場」はなんと、徒歩5分という立地条件です。

ヨークでも年に何回かレースが行われ、かなりの賑わいを見せるのですが、これは行かないテはないだろう、と思ってしまいます。

ビル君も、レースの時は行くから泊めてくれと今から言っていて、ケンブリッジの友情、なかなか強いつながりの気配です。



2012年11月16日金曜日

2002年04月05日 「春来る」


東京の桜は例年にない早咲きだったそうで、今ようやく春本番到来でしょうか。

こちらケンブリッジにもようやく春が来たようです。

先週末(3月31日)に時計の針を1時間進めてサマータイムに突入しました。

サマーと呼ぶにはいささか早い気もしますが、もはやウインターという気配は有難いことにありません。

それが証拠にモクレン、ヤマブキ、モモなどが咲きほこり、落葉樹は一斉に新芽をふいています。

僕も気持ちは夏に向けて短パン、ティーシャツといういでたちですが、気まぐれな天気に備えてフリースも手放せず、おっかなびっくりの春といった感じです。

さて、最近はどうして過ごしていたかというと3月の中旬に我が妹がアメリカはラスベガスで結婚式を挙げるというので、それに合わせて10日間の休暇を取って前半はラスベガス、後半は一人気ままにカルフォルニア、アリゾナ、ユタあたりの国立公園などを巡る旅をしてまいりました。


このアメリカ旅、色んなことがあって書くことがあまりに多く、「ハテ、どうしたものか」と悶々としているうちに今日になってしまいました。

本来の目的である妹の挙式は、おかげさまでつつがなく執り行われ、兄として感慨にふける一方でカジノデビューも果たしました。

後半の国立公園巡りでは、カルフォルニアで灼熱の砂漠をいったかと思えば、ユタにおいては雪がちらついたりして、改めてそのスケールの大きさにスゲー国だなぁと感心しておりました。


ケンブリッジに戻った後も週末に植物園で一般向けの公開行事があったりしてその手伝いをしたり、その次の週末も丁度週末当番に当たっていたため土日とも通常通り出勤したりして忙しく過ごして、気が付けばもう4月といった具合です。

時差と片道24時間におよぶ長旅の疲れが癒えたのか癒えないのか良く分からないまま日々は過ぎていきます。

ラスベガスから植物園に戻ったその日に試験があったのですが、何も準備できず参加だけしたのですが、やはり結果は思わしくなく「採点外」ということで返ってきてしまいました。

試験の結果は毎度掲示板に張り出されるのですが
Masaya Tatebayashi     Jet-lagged
となっており、「ウマイこと言う!」などと変に感心してしまいました。

そしてこういうことは重なるときは重なるもので、この週末にはオランダはアムステルダムに2泊3日の一人旅に出掛けます。

「アムステルダムに行くのだ」と言うと「大麻でも吸いに行くんでしょ」とか「飾り窓をのぞきに行くんでしょ」などと冷やかされるのですが、いえいえオランダですものチューリップを見に行くのですよ。

オランダのキューケンホフ公園というのがチューリップではとくに有名でヨーロッパにいる間に一度は見にいきたいと思っていたところ、丁度手頃な格安航空券を見つけたので行くことにしました。

ラスベガスでは結婚式という「オメデタ気分」で自制心を失ってつい分不相応なホテルに泊まってしまいましたが、このアムステルダムではユースホステルのタコ部屋に泊まります。

さらに飛行機の手配をした後に知ったのですが、丁度この週末から10年に一度といわれるオランダの大花博覧会「フロリアード2002」というものが開催されるらしく、これもシッカリ見て勉強してこようという意気込みでおります。

そんな訳で花のつぼみもほころび、庭もにわかに活気付いて忙しくなってきました。

一年で今が一番良い季節かもしれません。

どうぞ春爛漫楽しい毎日をお過ごしください。



2012年10月31日水曜日

2002年02月11日 「連休でしょうか」


さて今日は日曜日でしたが、植物園の週末当番だったために普段どおりに働いていました。

週末の当番は必ず二人一組でやることになっていて、今日の相棒はジョンでした。

昼飯のときに「今日仕事が終ったらウエルニーに野鳥の餌付けを見に行かないか?」と誘われ、仕事終了後、ジョンとジョンのお母さんを乗せて3人でウエルニーという湿地帯にある野鳥センターに餌付けを見に出掛けました。

ここは以前一人で出掛けてバードウオッチングの楽しさに目覚めた場所で、今の時期はアイスランドから白鳥が大群で飛来し、自然保護団体が決まった時間に餌付けをするのです。

観察小屋には餌付けの一時間半前に到着し、特等席を確保しました。

その後どんどん人が増えて18;30の餌付け開始時刻には押すな押すなの大盛況でした。


あたりが漆黒の闇に包まれた中で投光機に照らし出された水面におびただしい白鳥たちが餌が今か今かと待ち構えているのが分かります。

暗闇に白鳥たちの白い身体がまるで浮き上がるかのように目に映り、とても幻想的な光景でした。

普段植物ばかり追いかけているので、とても新鮮で楽しいひとときでした。

折角ですので写真を添付します。
フラッシュを使わなかったので手ぶれ写真になってしまいましたが雰囲気は伝わるでしょうか。

それでは楽しい3連休をお過ごしください。




2012年10月19日金曜日

2002年02月10日 「オリンピック開幕」


冬季オリンピック開幕といいながらも、テレビのスイッチをひねるとオリンピック番組はとても少なく、「ハテ、本当にオリンピックは始まったのかしら?」と首を傾げたくなります。

恐らく英国はスキーをはじめとしてウインタースポーツは今ひとつ盛んではないためではないかと想像しております。

もしこれがノルウエーなどの北欧三国あたりであれば伝えかたが違うだろうにと思います。

今日は何といっても「マーガレット王女死去」が国内のトップニュースでした。

街を歩けばそこら中に半旗が掛かっていて事の重大さがうかがえます。

今テレビではオリンピックそっちのけで盛り上がっているのは「ポップ・アイドル」という番組です。恐らく。

これはロングランの歌謡オーディション番組で、ン万人に応募者の中から予選をくぐり抜け、本選を勝ち抜いた参加者が、ふるいに掛けられて毎週一人ずつ落選し、ついに最後に残った一人がポップ・アイドルとしてデビューするというものです。

この落選を決めるのが視聴者からの電話投票で週を追うごとに熱を帯びてきて、今日がその決勝の日なのです。

決勝に残った二人はウィルとガレスという男性2人。

なんでこんなに詳しく知っているかといえば、新聞をはじめテレビ、ラジオなどマスコミの取り上げ方がスゴイので嫌でも知るところとなったのでした。

大衆紙であるザ・サンはいうに及ばずいわゆる高級紙であるザ・タイムズといった新聞、そして番組主催の局に限らず各放送局でもこの1週間は「ウィルか、はたまたガレスか?!」「アナタはどっち派?」とウルサイことウルサイこと。

まっ、平和なんですね。

さて改めて驚くべきは2002年も1ヶ月がアッという間に過ぎてしまったということです。

ウーン、早い、早すぎる。

1月は何をしていたのかと言えば、改めて振り返るに大したことは何もしておらず、淡々と植物と向かい合う、そんな日々でした。


しいて言えば、ケンブリッジ大学の単科コースで「庭園史」の受講をしているのですが、これのレポートの締め切りが1月末ということで提出のその日まで「ああでもナイ、こうでもナイ」とすったもんだしておりました。

6週間ほど前にやや小型のレポートの締め切りがあって、この時に段取りを誤ってかなりあたふたしたのを教訓に、今回は締め切りの10日前には完成して高笑いしておりました。

ところが時間があったので何度も読み返しているうちに「アラ、ここはこれよりもこっちの表現のほうがステキなのではなかろうか」とか、「ここにもっとダイナミックな意見を大胆に取り入れた場合、ものすごくアピールしちゃったりして」とか、こう後から後から修正のアイディアが湧いてきて収拾がつかなくなり、とうとう提出の前夜まで手直ししていたというわけです。


この庭園史のコースを受講して改めてイギリスの庭の奥深さと申しましょうか、イギリス人の古いもの嗜好が伺えたのでした。

フィールド・トリップと称した野外授業では16世紀頃の領主の庭園を実際に訪ね、その保存、維持、回復にまつわる話を聞いて彼らの情熱に圧倒されました。

感心半分、あきれ半分ってところでしょうか。

よく言われることですが本当に古いものを大切にしていて「古いことは良いことだ。ついでに古きゃあ古いほうが良いのだ!」という国民性のようです。

私の住んでいるボロアパートも竣工1870年ですから、堂々の「築132年!!」ということになります。

古いのは良いが、寒さとカビをもうちょっとどうにかしてくれと言いたいですが。


そんな寒さはまだ和らいだとは言えませんが、春の予感がここそこに感じられるようになってきました。

なんと言ってもスノードロップ、クロッカス、スイセンなどの春を告げる球根類が順番に見ごろを迎えようとしていますし、モクレン、ウメなどのつぼみもかなりスタンバイしています。

日照時間も日に日に延びてきて、現在は日の出07:26、日の入17:04と最盛期には16時前に真っ暗だったことを思えば格段の進歩と申せましょう。

そんな2月の模様を徒然なるままにお知らせしました。

どうぞ楽しい3連休をお過ごしください。





2012年10月14日日曜日

2002年02月05日 「スリップダウン」



お元気ですか。

私はちょっと風邪を引きまして、ダウンというほどでもないのでスリップダウンといったところです。

先週の木曜深夜と申しますか、金曜の未明、就寝中に何か背筋にゾクゾクするものを感じたのですがそれ以来調子がすぐれません。

先週末は植物園の休日当番に当たっており、土日ともに平常どおりに働き、月曜日にはかなり足元がフラフラで、午前中に温室に水をやったところでギブアップして帰ってきてしまいました。

そして今日、火曜日は喉が異常に痛んだために大事をとって仕事を休み、先ほど起きたところです。

まぁ風邪ですので放っておきゃぁ治ると信じて気楽にしています。

昨日はほとんど何も口にせずに床に就いたため、かなりの空腹を感じて「とり雑炊」を作って食べました。

風邪で頭もボーッとしているというのに我ながらマメな奴です。

消化と栄養を考慮し、かつ冷蔵庫の備蓄食料を眺めて作ったのですが、ことのほか美味しくて身体も暖まりウムウムと頷きながらモクモクと食べました。

食べ終えた後は食器も洗わねばならず、風邪でだるいので後回しにしようというサボリ心も芽生えないではなかったですが、料理、食事、後片付けが一つの動作としてもはや身体に染み付いているようで、チェッと舌打ちをしつつツイツイ全てを洗い終えてしまいました。

僕は薬はあまり好きではなく、よほどのことがないと口にしないのですが以前風邪をひいて辛かったときに買った薬の残りがあったので飲んでみました。

「LEMSIP」という、そこら中で売られている一般大衆風邪薬で、幾つかのシリーズがある中の「Max Strength」と謳ってある一番効きそうなやつです。

これは顆粒で、マグカップに入れてお湯を注いで飲むというもので味はレモン味。

まぁ気休めですね。

そんなわけで健康バカが売りの私ではありますが、ちょっとつまづいて平日の昼に手持ち無沙汰になり、このメールを書いています。

こんな日に限って窓の外は快晴!! 

神様はなかなかイジワルです。

2012年9月30日日曜日

2002年01月13日 「疲れました・・・」



疲れました・・・とは何やら遺書めいておりますが、実際少々へこんでこれを書いております。

何に疲れたか。
寒さと現在の住環境にほとほと嫌気がさしたと申しますか疲れました。

まぁ寒いと言ったってマイナス20度になったりするわけではないので大したことはないのですが、自室の寒さはなかなか厳しく辛くなってきました。

我が部屋には2つの電気式ヒーターがありますが、電気料金は家賃に含まれずに別精算となり、かつ暖房効果はそれほどではないくせに消費電力は相当なものでなかなかスイッチを入れようという気になれません。

当アパートは築およそ200年ほどの英国にてはゴク普通の建物ですが、大家がケチなため設備が古いままなのです。

特に僕の部屋は昔ながらの設備がそのまま残っており、今では全く使われなかった古いコインを電気メーターに入れると目盛が巻き上がる仕組みです。

コインは便宜上使うだけで、実際はメーターを月末と月初に測って精算することになっています。

で、この利きの悪いヒーターのスイッチを入れると電気メーターの回転がエラく早まるので、自分の脈も早まって気が休まらないというわけです。

繰り返し申し上げているように、最近は耐寒マイナス7度という寝袋にくるまって寝ていますが、フト「何で自分の家で寝袋で寝なきゃならんのよ・・・」と切なくなることもしばしば。

寝袋で寝ること自体に疑問を感じるようになりました。

加えて耐え難いのはカビです。

我が部屋は四角形をしているのですが、角部屋ということで2面が外に面していて、そこが結露して汗をかいてカビがはえるのです。

その壁に寄りかかっている、あるいは立てかけてあるもの全てがシットリと湿り、放っておくとそこにもカビがはえるというなんともいたたまれない状況です。

折角買ってきた書籍なども本棚にては壁から離して置かないと本が湿気を吸ってゴワゴワにうねってしまいかねません。

先日は換気をすべくカーテンと窓を久し振りに全開にしたところ、窓枠周囲がカビだらけならまだしも、キノコがふたつはえているのを発見して思わずめまいがしました。



料理をするにも換気扇というものがないため臭いはこもるし、換気のために窓を開ければ室温が一気に下がるという不便さ。

我が部屋は一階で表通りに面しているために、窓を開けたまま外出はおろか、トイレに行くこともままなりません。

窓を開けたまま部屋を離れて裏庭で洗濯を干している間に窓から物品が盗まれたという話も聞いたことがあります。

せめて自分が部屋にいる週末の日中は窓を開けて換気を心掛けているのですが、その間はフリースジャケットの上にダウンベストを着込み、毛糸の帽子をかぶって足から腰までは寝袋を膝掛けにして湯たんぽを抱えて過ごす、といった部屋の中でアウトドアしている不条理。

英国全ての家庭がこんなにひもじい思いをしているかといえば否で、大抵はセントラルヒーティングがホンワリときいていたり、はたまた暖かな暖炉がパチパチと音を立てて身も心も暖めてくれるという寸法です。

「COSY」もしくは「COZY」という英単語があり「暖かくて居心地の良いこと」を指します。

銀座コージーコーナーのコージーです。

冬場に知人・友人の家を訪ねたりしたときなどに「結構なお宅ですねぇ」というようなことを表現するときにこの単語を良く使います。

COSY、良い言葉です。

植物園の中にあるコテッジに住む友人の部屋に遊びに行くと、ここは植物園の温室と熱源を共有していることもあって、万年「ハワイ化」しており真冬でも暑くて窓を開けることがあるといいます。

こりゃ洗濯物も瞬間乾燥だろうなぁと羨ましくなりました。

もし仮にあと数年ケンブリッジにいるのであれば、即、ここを引き払って新しくコージーな部屋を探すところですが、僕の場合ケンブリッジ生活はあと7ヶ月です。

この寒さもあと2ヶ月ほどで緩むでしょうし、アパート解約の予告は1ヶ月前にせねばならず、諸事情をツラツラと考えるに今更の引越しはあまり現実的ではなく我慢することにしました。

アパートの隣人ビル君とも折角仲良くなって、頻繁に一緒にパブに飲みにいくようにもなりましたし。

そんな訳で前向きに「うぉーやるぜ、頑張ったるぜ!!」と盲目的に気分がノッているときは良いのですが、フト我に返り、冷静にまじまじと自分の状況を見つめたりすると、はぁぁっとタメ息が出てくるわけです。

カビはどう考えてもカラダには悪そうで、引越しのその日まで健康でいられることを神に祈る今日この頃でございます。

日本は成人の日で3連休でしょうか。

どうぞコージーな3連休をお過ごしください。


2012年9月10日月曜日

2002年01月06日 「寒いです」




日本は北海道で空港も閉鎖されたり大変な大雪なようで。
今シーズンは東京でも雪が降りましたでしょうか?

御存知のように現在の異常気象は地中海地方にも雪をもたらしているようで、ギリシア、スペイン、イタリアなども軒並み交通機関が麻痺しているようです。

田中外相もトルコで大雪に見舞われ、寝台列車で11時間揺られたとか揺られなかったとか。

まぁ異常ですね。

植物園のジョンは昨日から1週間オーストリアに行っています。

天気オタクで極端な天候を好む彼としては雪が多いのにひかれてのことだと思いますが、「スキーにもチャレンジするのだっ!」とはりきって独りで出掛けていきました。

彼の趣味のひとつが旅行で、今回も一緒に行かないかと誘われましたが彼の申し出に全て「YES」と言っていたら破産してしまいますので丁重にお断りしました。

その他にもミュンヘンに行こうだの、オーロラを見にフィンランドに行こうだの次から次へと企画が出てきて「フンフン」と聞き流すようにしています。

きわめつけは日本旅行計画です。

彼はスーパーマーケットで買物をするときに貰えるポイントをコツコツと貯めてエアマイルに変換し、そのマイレージでそろそろ日本に手が届きそうらしく、最近は顔を合わせれば「いつ帰るの、日本には?」としつこく聞いてきます。

まぁ折角の友人ですのでそれは歓迎してあげたいとは思いますが、ジョンだけのためにわざわざジョンを引き連れて帰国するような余裕はないため「もうちょっと待ったら?」とかわしています。

そんな中。

12月に植物園の21歳になるマークと話していたらばクリスマスプレゼントに話が及び、彼の壮大でロマンチックな計画を知るに至りました。

彼曰く
「クリスマスにね、ヴィッキー(彼女)にプレゼントとして日焼け止めをあげるわけよ。
そうすると何これ?ってなるでしょ。
そこでさらに次のプレゼントとしてハイってアンドーラ行きの旅行のチケットをあげるわけ。」
と鼻の穴全開で教えてくれました。

アンドーラとはスペインとフランスの国境にあるピレネー山脈にある公国です。

21歳の恋。

なかなかやるじゃないの、と思っていたらばフト彼は視線を落として「でも・・・」と言います。

「何サ。でもって?」
「これ、ジョンも一緒なんだ。」

いやいや申し訳ないけどその場で腹を抱えて笑っちゃいました。

そもそもジョンは2人が付き合い始めるころからお互いをよく知っていて、昨年も3人でシャモニーに出掛けたほどです。

因みにシャモニーではマークとヴィッキーのホテルとジョンのホテルは歩いて5分ほど離れていた、というか離したそうですが。

今度アンドーラでは同じホテルで、折角のロマンチックな気分もジョンがいい具合に醒ましてくれるのではないかというのです。

その時はアッハッハ・・・と笑っていた僕もその後ジョンの強烈な勧誘にあってアンドーラ行きに参加することとなりました。

恐らくこれはマークとヴィッキーがジョンをけしかけて、ジョンのお守りを僕に押し付けて二人の恋路を確保しようという作戦だったと思います。

まぁ理由はどうあれ、良く知る仲間だし、行ったことのない場所だしということで決めてしまいました。

まだまだずっと先の話で7月上旬です。

その頃のアンドーラはやたら暑いらしいのですが、そんな暑い思いを早くしてみたいと相変わらず寒い自分の部屋で湯たんぽを抱えながらアンドーラに思いを馳せる今日この頃です。

今日も朝から小雨が降り続き、恐らく太陽は一秒たりとも顔を見せないでしょう。

本当に洗濯物が乾かなくて困ったものです。

写真は1月2日の朝。

夜中に降った小雪、早朝に降りた霜で見事に凍った野バラ。

こういう凍り方はやはり湿度が高いからだと思われます。