どうして「スバラシキ英国園芸ノススメ」なのか

ちょっと読んで 「あんまり面白くないなぁ」 と思った方。
騙されたと思ってしばしお付き合い下さい。

7年間の英国留学中にしたためたメールは300を越えました。
そしてこれが 「尻上がり的」 に面白くなっていくのです。

当初の初々しい苦学生の姿から、徐々に英国に馴染んでいく様子は100%ノンフィクションのリアルストーリー。

「スバラシキ英国園芸ノススメ」の旅はまだ始まったばかりです。

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2015年6月10日水曜日

2004年08月21日 「5周年」


残暑お見舞い申し上げます。

日本はオリンピックのメダルラッシュに沸いている頃でしょうか。

ワタクシは現在テレビを所有していないため、インターネットの新聞上で「北島金2個め!」とか「長嶋ジャパン、格下の豪に敗れる!」てな記事を読んで結果だけは知っている、程度です。

いかんせん映像を見ていないことと、周りで騒いで盛り上がる人がいないことなどもあって、静かなものです。

それでも今回の卓球の福原愛のコメントにはシビレました。
「オリンピックは楽しめましたか?」
「別に楽しむために来たわけじゃあないですから・・・」
カッコいいですねぇ。

「イギリス生活は楽しめましたか?」
と仮に、帰国した暁に誰かに聞かれたとして
「別に楽しむために行っていた訳ではありませんので・・・」
などと応えたらキマる、でしょうか、それともイヤミな奴と嫌われるでしょうか。

嫌われそうなので「ええ、それなりに・・・」程度にしておこうかなと思います。

それなりどころか、相当楽しんじゃっている気もしなくもないですが・・・。

でも当初日本を旅立つときはホントそれくらいの覚悟でおりました。

「死んだ気で勉強するのダ」と気合を入れつつ、荷造りの際「ウーム、ゴルフバックはどうしようか・・・。

本場のゴルフコースってものもたまの息抜きには回ってみたい気もするし、イヤイヤ、ゴルフなんてする余裕は時間的にも、金銭的にも無いハズ。

遊びに行くわけじゃぁないんだから」などと一人であれこれ思案した挙句、ヒースロー空港に降り立ったときにはしっかりゴルフバックを右手に持っておりました。

因みに左手にはラジカセ、リュックの中にはラグビーのスパイクといった具合でしたので、我ながら言ってることとやってることが違うのには呆れてしまいます。

そんな青雲の志をして成田を飛び立ったのが1999年の8月20日でした。

すなわち昨日、丸5年が経ったわけで、この8月20日というのは自分にとってちょっと特別な日なのです。

まずは一年のコースをとる。で、その後はなんとかなる。

と全く深く考えずに出発し、当然にして翌年コース修了後に即帰国というケースも大いにあり得た訳ですが、こうやって薄氷を踏みながらここまで来てしまいました。

そして、現在のキュー・ディプロマ修了まであと2年。

改めて人生は筋書きのないドラマよのー、と腕組をしつつ頷いたりしてしまいます。

まあ、基本線は「楽しく」「健康に」ですので、それが満たされている自分は幸せと申せましょう。

現在試験も終わり、9月半ばまでは夏休みムードでリラックスできて大変ヨロシイです。

試験は結果が出て、全体的には満足のいくものでしたが、科目によっては「あんなにやったのに、この点数かぁ」と溜息がでるものもあり、一方で「あいつ試験前に大してやっていなかったのに、こんなに出来ちゃうのかぁ」と底力の違いを見せつけられたりで、初心に戻って残りの2年は死に物狂いで学ばにゃぁイカンと思っております。

昨年ヨークからキューに引っ越す際に、またまた「ハテ、このゴルフバッグはどうしよう?キューの3年間は厳しいと聞くし、ゴルフどころじゃあないだろう」と、ケンブリッジの友人宅の屋根裏に預けてきたのです。

ワタクシという人間は懲りない性格のようです。

そんな訳で日本出発の際34歳の青年は現在39歳の中年となり日々勉学に励んでおりますことをご報告申し上げます。

それでは、また。
タテバヤシ

追伸)
日本を発ったのは確かに8月20日。
しかしヒースローに着いたのは9月6日。

何故か?

マルコポーロ、もしくは大航海時代でもあるまいに、イギリスまでなんで17日間も掛かるのか?

答は、シンガポール航空を使い、シンガポール経由にした結果、シンガポールで2週間ちょっと羽を伸ばしてしまったからでした。

うっうっ、青雲の志は・・・・


2015年5月6日水曜日

2004年08月13日 「イレズミ」



残暑お見舞い申し上げます。

東京は夏日の記録だそうで、大変なことです。

さて今回は「イレズミ」のお話。

刺青は日本では伝統的に「ヤ○ザ」の証として認知されておりましたが、最近になって「タトゥー」などと横文字にして、渋谷のセンター街あたりで見掛ける「チーマー」(ってもういないのかな・・・)の肩口あたりに見掛けるようになりました。

若者の間ではファッションとして認識されたのでしょう。

英国には「ヤ○ザ」はいませんので、「イレズミ=危ない人」という認識は皆無で、ファッションとして定着しているように見受けられます。

かのベッカムも肩から腕からイレズミだらけです。

では、英国人はイレズミのデザインとして何を彫るか?

観察していると、幾何学模様、動植物などありますが、なんと言っても「漢字」が多いです。

それも「オイっ!意味分かってんのかっ!!」、「相当恥ずかしいゾ、それはっ!!」と諭したくなるケースが多いです。

漢字の構造、意味を分かってなくて、カタチだけ真似ている彫り物師が彫っている場合も多いのではないかと疑われるほどいい加
減な文字に出くわします。

かのベッカムの奥さん、ビクトリアはかつてのアイドルグループ「スパイスガール」の一員。

そのスパイスガールの元メンバーであるメラニーCという女性の肩には「女力」と彫ってあります。

まあ、いいっすけどね。

ヨークの学校付設のパブで飲んでいたときのこと。

話したこともない女の子が近づいてきて言いました。

「あなた中国人?日本人?」
「日本人だけど・・・」
「ちょっとお願いがあるんだけど。実はイレズミを彫ったんだけど、意味が分からなくて。ちょっと見てくれる?」

シャツの袖でもめくり上げて腕を見せるのかと思ったら、やおらズボンのチャックを下ろして内股のきわどいところをいきなり見せつけられました。

正直なところそれが何の字だったかは、それ以外の衝撃が強すぎてよく覚えていませんが、「スゲーなぁ、英国ヤングギャルは・・・」とたまげたことを覚えています。

それにしても消しゴムで簡単に消せる訳じゃないんだから、意味くらい100っぺん確認して彫れってーの、と説教しておけばよかったです。

そんな今回のイレズミ・エピソードの最後を飾るのは、この間のビアフェスティバルで見かけて、思わず怖いもの見たさで近づき接写した佳作。

ツルピカ頭の後頭部に、太陽のシンボル、その中心には「陽」とデカデカと彫ってあります。

なんか外人なんでサマになっている気がしますが、これが日本だったら皆振り返って腹を抱えて笑うよなーと思いました。

それにしても、ここまで近づくのが限界で、サッと撮ってサッと逃げました。

気づかれたら、ヤキを入れられそうなほど強面の御人でした。

念をおしておきますが、あくまでもこれは僕自身ではありませんので。

では、よいお盆をお過ごし下さい。

2015年3月20日金曜日

2004年08月08日 「暑中お見舞い申し上げます」


暑中お見舞い申し上げます。

東京では40度を記録したなどと聞いていますが、お元気でしょうか。

当地も涼しさがウリの国の筈ではありますが、さすがに最近は28度、29度あたりを行ったり来たりの日が続いています。

日本に比べればたいしたことはありませんが、それでもそれなりに湿度も高く不快といえば不快。

我がオンボロ車にはエアコンなんてものは付いていませんので、日中に車に乗る際は窓全開にして背中を背もたれにつけずにアクロバティックな姿勢で運転しています。

背中をつけると大量の汗をかいてしまいます。

そもそもこの国にはエアコンというものはあまり必要がなく、一般家庭にエアコンが付いているというのは稀ではないでしょうか。

車にしても「メルセデス」「サーブ」「ボルボ」あたりには付いているでしょうが、一般大衆車にはそんなものはありません。(でした)

しかし、ラジオに流れる車のCMを聞いてみると「エアコン標準装備デス」と謳う車が増えてきましたので、その辺で差別化を図ろうという魂胆だと思われます。

当然にして我が家にもエアコンなんてものはありませんので、現在は部屋の窓を全開でこれをしたためています。

さて、「試験が終わりましたぁ」などとメールを書いて一ヶ月以上経ちます。

試験が終わり、ドイツのボンに研修に出掛け、その後叔父叔母が来英、しばらくおいてその後ケンブリッジ大の植物園の仲間の結婚式、そして毎年恒例行事となったケンブリッジのフォークフェスティバル・・・・とまあなんだかんだと慌しくしていました。

その間メールを送ろうとしたところ、原因不明の送信不可能症候群に見舞われ、「送っても送っても送れない」困った状況に日々悶々としておりました。

この送信不可能症候群をロンドン在住の日本人のお医者様に相談したところ(シャレじゃありませんよ)、相談後約一週間たった今日解決法に関してアイディアを頂戴し、こうやって久し振りにメールを送ることが出来ている訳です。

ありがたや。

書くことはいろいろありそうなもんですが、ありすぎて何から書いたものやらですので、まずは最近のことをふたつ。

「ケンブリッジ・フォーク・フェスティバル」と「ロンドン・ビア・フェスティバル」。

フォークフェスティバルはケンブリッジに暮していたときの隣人ビル君とその仲間に誘われて3年前に行ったのがきっかけで、以来毎年恒例行事になっています。

今年が3回目(フェスティバル自体は今年40回目)で、木、金、土、日の4日間。

近所の広大な空き地が「キャンプ地」として提供され、僕らはここにテントを張り、朝起きて朝食をとった後、うだうだ、ゴロゴロと新聞を読んだり、早々とビールを飲んだりし、昼頃から会場に繰り出した後はひたすら呑み、無駄話をし、日光浴をし、演奏を聴く・・・。

これを4日間繰り返します。

食事は4日間屋台などのいわゆるジャンクフードで、さすがに4日目にはいささかゲンナリですが、なんのなんの。

日曜日の23:00頃にフィナーレとなり、そのままテントで最後の一泊をして、月曜にはいそいそと荷造りをし、久し振りにケンブリッジでノンビリしたいのを堪え車を飛ばしてキューまで戻ってきました。

その月曜日の夕方には今期最後の植物名の試験があったのです。

悲しきかな、学生。

ビアフェスティバルはつい昨日の話。

そもそもビアフェスティバルというのはCAMRA (Campaign For Real Ale)という地ビール振興会みたいな団体が主催しているもので、各地の地ビールを集めて開くビール祭りのこと。

各地で規模もまちまちであるのですが、このロンドンのオリンピアであるのが規模も最大(450種のビール!!)で「ウーム、一度は行ってみたいものだ・・・」とかねがね思っていたので、ついに念願かなったという訳です。

会場は「見本市」などが開かれる大型の体育館のような場所で、その場に酔払いが2000人以上はいたでしょうか。英国各地のビールをハーフ・パイント(284cc)を勘に頼って10杯程飲んだでしょうか。

440種飲み損ねてしまっているっ!

いつものことながら、味がちゃんと分かるのは最初の3杯くらいまでで後は、ご機嫌な酔っ払いのオッサンと化してしまうので困ったものです。

英国最大を謳うだけあって、ビールの品揃えもさることながら、関連グッズ(シャツ、小物、グラス、アンティーク品など)販売も充実しており、更に「パブ・ゲーム」(一回1ポンド払い、輪投げであるとか、積み木崩しだとかで点数により賞品が貰える)という、たわいもないゲームに興じたりムードは予想をはるかに超えたイイモンでした。

一緒に行ったクラスメートのクリスと二人で「閉店」まで堪能してきました。


普段の節約生活をよそにかなり散財した気がしますが、まあこんなのもたまにはよろしいかと。

ビア・フェスティバルの会場の写真とすっかり出来上がってしまったワタクシとクリス君の二人を暑中お見舞いがわりにお送りいたします。

暑い最中と思いますがどうぞお元気で。

では、また。

2015年2月13日金曜日

2004年06月24日 「よく頑張ったで賞」



ご無沙汰しております。

このメール、呑みながら書いております。

本日めでたく試験が終わりました。

加えて約3ヶ月間の集中講義期間も終了しました。

長かったです。疲れたです。

この3ヶ月間朝から夕方まで毎日同じ教室に閉じ込められ、同じメンツでズーっと過ごすというのはなかなかどうしてかなりストレス度合いの高いものがありました。

クラスメートとも侃侃諤諤やりあったりしたというのもすでにお知らせした通り。

仕上げとして試験があった訳です。

レポートなどで試験が省かれたものもあり、科目数はたったの3科目。

「たった」というのが正しいと思いますが、やる側としては一杯一杯でした。

「植物構造学」「植物分類学」「植物生理学」の3科目。

試験に向けた特製お手製カレンダーを作って気合を入れたのが5月31日。

そして本格的復習を始めたのが6月12日(土曜日)からで、週末はほぼ終日、平日は授業が終わってから寝るまで。

先週末がピークでした。

運動不足でモヤモヤする一方、ちっとも頭に整理して知識が入っていかないもどかしさで、「試験、大丈夫か?間に合うんか、こんなで??」と不安でしたが、なんとか乗り切りました。

これは習性なのでしょう。

なにかこうやって集中して勉強したり、作業したりしなければならない場合、自宅ではそれが出来ないのです。

サラリーマンのときも、週末に仕事を抱えてデニーズやロイヤルホストなどのファミリーレストランに繰り出し早朝からシコシコと仕事をしたもんですが、この方が何倍も集中できてはかどるのです。

今回は授業後の教室、週末の教室を使いました。

基本的にキューディプロマの生徒は学校校舎内に24時間自由にアクセスすることが許されており、毎日リュックに教材とチョコレート、バナナ、サンドイッチなどを詰め込んで、誰に気兼ねなくすることが出来ました。

実は僕の家は僕の前に、僕と入れ替えで卒業したジョンという学生が住んでいたのです。

彼はその年度の主席で、とにかくキレる人物。

彼とは同じ家に厄介になったよしみで何度か会って話をしたことがあり、今回試験勉強について何かアドバイスがあればくれ、といったところ懇切丁寧なアドバイスをしてくれました。

彼は元弁護士で、彼の頭脳をしてこんなに努力したのかぁと思うと、元ナンチャッテ銀行員の僕としてはかえって肩に力が入ってしまったのでした。

彼のメールの一文に「パブには行くのは我慢すること。試験が終わればいつでも行ける・・・」というのがあり、単純な僕は「ヨッシャ、禁酒だ。禁酒。」と6月12日から禁酒しました。

確かに酒を飲むと、記憶モノは全くダメですし、まあ良いや明日、明日、と全面ハッピーお気楽気分になってしまうので、緊張感を保つ意味で冷蔵庫からビールを撤去し、禁酒を誓ったのでした。

思えば過去およそ10年ほど、10日間以上も酒を断ったことなどありません。

コードです。

最初のうちは夕食時など、「ビール飲みたい・・・」と胸をかきむしられる思いでしたが、ここは「ペリエ」で我慢しました。

良いニュースとしては自分はアル中ではないと証明できたことでしょうか。手も震えませんでしたし。

この試験、過去英国に来て以来受けてきた試験とはかなり勝手が違って、思考、論理を問う問題が中心でした。

試験時間も植物構造学が3時間、分類学が午前2時間、午後2時間、生理学が2時間といった具合。

しかも「開始っ!!」と言われてから「終了っ!!」と言われるまで
書きっぱなし。

自分でもまあよくつたない英語で3時間も書けるもんだと感心しました。

本日試験終了後クラスメートとパブに昼から繰り出し久し振りに呑み、ホロ酔い気分で帰宅し、疲れと睡眠不足のためうたた寝をし、先ほど復活し、今朝学校に行く前に冷蔵庫に12日振りに詰め込んだビールを一本取り出しこのメールを書いていると言う次第。

あろうことか、大家は今朝から約4週間フランスに行ってしまい、再びタテバヤシ天下となりました。

試験も終わり、開放的な気分に加え大家がいない気楽さはなんともリラックスですね。

音楽もヘッドホンじゃなく聴いちゃったりして。

金曜日から6日間ドイツのボンに研修のためにクラス全員で繰り出します。

試験も終わり、慰労旅行みたいなもんで、僕はドイツビールを堪能しまくろうと今から楽しみです。

そんな訳で僕的には休み気分が高まってきました。

良い季節ですので羽を伸ばしまくってやろうと企んでいます。

サッカーの欧州選手権、ウインブルドンテニスと賑わっているもののあまり興味はありませんが、でも便乗しちゃおうと思っております。

それではまた。

2015年1月27日火曜日

2004年05月30日 「5月ゆく」



5月も残り数日となりました。

来週の月曜日がバンクホリデーのため3連休です。季節も英国では一番良い頃。

どこかへ繰り出したいのはヤマヤマですが、6月に控えた期末試験、及び諸々のレポート、小試験などで家でおとなしくしています。

気はかなり重いです。

以前お話したクラスでストレスを感じているという件。

まあ、なんとなくストレスはいまだに感じているものの(そんなストレス・フリーの生活なんてありえませんものね)、「大ストレス」は当の本人と大いに議論した結果なんとなく落ち着きました。

議論なんてエラそうなものではなくて、ただ「お前のここが気に入らん!!」「それは誤解!」「それじゃあ、これはどう説明すんだ?」などと声を大にしてしばらく言いたいことを言い合ったら溜飲が下がり、憑き物がとれたようにスッキリして、「ハテ、何に頭にきていたのだ?」と不思議なカンジでした。

その程度のストレスってことでしょうかね。

ここ数年間平和に過ごしてきているので、こういったストレスに対する抵抗力が落ちてきたのかもしれません。

ご心配をおかけしました。

さて「5月」はワタクシにとっては特別な月。
何を隠そう誕生月なのです。

例の庭仕事のバイトを頑張ったりしたので懐も多少暖かく、ここは何か特別なことをしようと。

以前回転寿司にいった話を、現在ロンドンにいる銀行員時代の元上司に話したところ、「セントポール大聖堂近くのレストランで土曜日のランチにはこれでもかっと刺身がのったチラシ寿司がうまいゾ!」とのアドバイスを貰い、ロンドン市街に繰り出したときに試したことがあります。

「確かにっ!」
これでもかとヤケクソ気味に刺身がのったチラシ寿司12ポンド(約2400円)は価値がありました。(メロン、茶碗蒸し、サラダ、味噌汁付)

会計をする際にレジの横にあったチラシに目が留まりました。

「土曜ランチ寿司20ポンド食べ放題。要予約」

おおおっ。
食べ放題ってことは無制限に食えるのだな、しかも寿司が。

「何か特別なときに来よーっと」とそのチラシを数枚頂戴したのですが、こんなに早く「特別な時」が訪れるとは・・・。

しかもチラシ寿司を食べにいったときのチラシが役に立つとは江戸っ子もビックリの粋な筋書き。

金曜日の夜に緊張気味に電話をしました。

「あのー、チラシを見たんですけど、明日寿司食べ放題」
「エエ、一人で。」と予約を完了。

土曜日。

予約時間12時に遅れないように張り切って自転車で自宅を出発。

天気もよろしく、気分良くサイクリングをこなして店に入ると、そこには10人ほどが座れるカウンターが。

板さんが一人で黙々と握っています。

以前にも申し上げた「日本度」はまずまず高いと、前回来たときに感じたのですが、黙々と握る板さんが「ナニ、シマショカー」と聞いてきて思わず腰が砕けました。

黙っていればそういう日本人も居るよなぁ、という風貌なのですが、喋ってしまうとバレバレです。

でも反射的に「中トロ」と言うと通じたみたいで慣れた手つきで握ってくれます。

ここで問題が発生。

10人の客に対し、板さん一人。

中トロ2カンを2秒で胃袋に収めてしまった僕は次の寿司までしばらく待たねばなりません。

このままでは徐々に満腹中枢が刺激されて食い放題敗北の図式が成り立ってしまいます。

イライラしていると、板さんも僕の殺気立った視線を感じたのでしょう、厨房からヘルプ君を連れてきました。

しかしこのヘルプ君はまだまだ修行中の身のようで、なんとも手つきがぎこちなく、一旦握った寿司をまな板の上でああでもない、こうでもないとカタチを整えたりしています。

文句言うよりは楽しまなくては、誕生日なんだし。

そして何より食わねば、と気分を切り替え、冷静に考えた挙句ある妙案を思いつきました。

1.視線は常に板さんへ。(腹減ってるの、と猛烈アピール)
2.注文は常に2品ずつ。(例:トロとアジ、あるいはヒラメとホタテなど)
3.一定のペースを守る

これにより、板さんに「あの隅っこの客は出したらスグに平らげちゃうのね」という意識をうえつける事に成功し、途切れの無い注文が可能になったのでした。

メニューにはさほどひねったものは無くありきたりのシンプルなものでしたが、約1時間15分限界まで食べて食べまくりました。

板さんが「ミソシル、イカカテスカー」と聞いてくれましたが、「結構です」とお断りしました。

味噌汁が入る余裕があればそこに寿司を入れようという姿勢を貫いた結果です。

「やっぱり日本人、寿司だよ寿司」と大満足して帰路に着きました。

そんな訳でついに、とうとう30代最後を迎えてしまいました。

身分は学生、独身、と世間の39歳に比べてしまうとかなり違和感があります。

でもこうやって美味しく食べれて、飲めて、やりたいことをやっているという点ではナカナカの幸せモンです。

最近の写真を添付いたします。

田舎道をリンゴを頬張りながら歩いております。

あいだみつを的ではありますが、人生マイペースでノンビリ歩きたいものだと・・・。

では、また。

2014年12月23日火曜日

2004年05月15日 「浮沈」


日曜日、夜。

日本ではサザエさんやちびまる子ちゃんなどを見ながら、「そうかー明日からまた月曜日かぁ」などとスーツのズボンにアイロンなどをあてながら溜息のひとつでもついていたところです。

この週末は良く働きました。

土曜日は14:30~20:30まで。今日は09:00~12:00で一箇所、そして13:00~18:00まで別の場所で、2日間で計14時間。

疲れました。

確かに臨時収入にはなりますが、まあ哲学的に申しますと、これにはちょいとした訳があるのです。

庭仕事をしていると、それに没頭できて色んなことを忘れさせてくれます。

雑草取りも始めると、まさに夢中。

問 「忘れたいことがあんのか?」  答 「ハイ」

「なーんだぁタテバヤシのメール読んでるとなんかいつもバカやってて楽しそうじゃーん」って確かにそれは、努めて明るく振舞っているのであって、ワタクシも一人の人間として醜い(というか愚かな)部分を持っているのです。

それは何か?

うまくは言えないのですが、簡単に言うとクラスの人間関係となりましょうか。

授業期間に突入してかれこれ1ヵ月半。

朝から晩まで同じメンツで同じ教室でいると、だんだんストレスが溜まってくるわけです。

それは本当につまらない些細なことであってもだんだん蓄積され、しまいには耐えられない心境になってしまったりする訳です。

一人の人間の存在そのものが疎ましく感じたりします。

妬みであったり、怒りであったり、なんともネガティブな気分が自分を支配し、「なんだこんなことで」と思いつつも、コントロールを失いかけることが多くなりました。

正直にいうと今は毎日があまり面白くありません。

早くこの集中講義期間が終わらないか。

早くオレを外に解き放ってくれ、と願うばかりです。

明日からなんと一週間、泊りがけの研修に出掛けます。

「ウヘー、勘弁してくれぃ・・・」というの偽わざる心境です。

ま、言ってもしょうがないですが、たまにはネガティブな話もね。

「実はサー・・・」と酒でも飲みながら、フンフンと聞いてくれる人がいれば良いんですけどね。

大家も帰ってきましたよ。

お土産においしそうなフレンチワインを2本もらいました。

そして、またトイレの水洗に少々気を遣う日々に戻りました・・・。

季節も良くなりました。明るくいこー、と言い聞かせつつ。

少々へっこみのタテバヤシより

2014年12月11日木曜日

2004年05月15日 「大コーフン!」


前略

リッチモンドというのはキューの隣町。その近隣にはイングランドラグビーのメッカ「トウィッケナム」もあります。

今しがたリッチモンドにある例のリチャード・アッテンバラ邸の庭仕事を終えた後にリッチモンドにあるテスコというスーパーに寄って買物をしてレジに並んでおりましたら、僕の脇を大男が通り過ぎていきました。

見覚えのある顔。

それはイングランドラグビーの現キャプテン、ローレンス・デラーリオでした。

「おおおおっ!!!」と一人で興奮し、レジを済ませるやいなや彼の跡を追いました。

そしてスーパーから50メートルほど離れたところで発見。

ためらわずに「あのースミマセン。大ファンなんですけどサインください」というと193センチ109キロの巨漢は「いいッスよ」と気軽に応えてくれました。

慌ててリュックの中を探すもナントこんなときに限ってペンを持っていないことが判明。

「スミマセン、実は書くものがありません」というと、「オレはリッチモンドに住んでるからまた会うサ」と言って握手をして別れたのでした。

その手はゴツクてブアツクて、スゲー・・・と感動しました。

そんなこと言ってる一方で、「ケンカしたら勝てるかも。イヤ無理か。

でも一発くらいかまして逃げるってテもある・・・」などと大胆な夢想をしておりました。

庭仕事の帰りで自分の手はかなり汚れていましたが、今日は手を洗うのは控えようと思います。

良い一日でした。

以上
 

2014年11月19日水曜日

2004年05月04日 「プチ連休」



当地はゴールデンウィークというものはありませんが、本日月曜日はバンクホリデーといって3連休です。

先週は試験、レポートが集中し、かなり疲労したので「リフレッシュ」と「復習」に時間を割こうと「連休になすべきことアイティム」を紙に書き出したりしておりました。

まず復習は、普段大体こなしているものの、特定一科目だけ何となくやる気がおきずに放置してあり、試験直前になって慌てて「ウーム、こりゃキビシイー」と普段の行いを反省し、連休中に復習をしようと誓ったのでした。
(肝心のテストはもう先週済んでしまったのですけどね)

あとは
・例のリチャード・アッテンバラ氏の庭の手入れ
・友人担当の庭の手入れの手伝い
・我が家の芝刈り(大家の留守中頼まれている)
・学校の菜園
・庭探訪1
・庭探訪2
・友人の買物手伝い
・食料品など買出し
といったところが主なところで、あとは「リラックス」ということです。

しかし、神は試練をお与えくださいました。

天気が悪いのです。

いや悪かったと過去形で言うべきでしょう、もう月曜日の夜です
から。

「植木屋殺すにゃ刃物はいらぬ」などと申しますが、土曜と月曜が雨、または曇りの冴えない天気。

その代わり日曜日は「クソ」が付くくらいの好天。

結果的には、土曜日予定していた庭仕事はキャンセルし、友人が「デジカメ買うのに付き合ってくれ」というのに誘われ、半日以上彼女に付き合い、ついでに彼女の住んでいる学校の宿舎の洗濯機を借りて溜まっていた洗濯を済ませて帰ろうとした矢先、同じくその宿舎に住んでいるクラスメートから「今晩、カレー作るんだけど夕食食べていかない?」と誘われ、ホイホイとご馳走になり、そのままワインなど飲みながら夜な夜な話し込んだりして連休初日終了。

翌日は信じられないほどの快晴で学校の菜園に朝8時から午後3時過ぎまでおりました。

これは学校の実技科目のひとつで、植物園の一角に木製フェンスで囲まれた「一年生菜園」があり、そこで実際に野菜を育てて最終的に評価を受けるというもの。

育てる野菜は学校指定で決まっているものの、それだけではつまらないので、皆ちょっとだけ自分の好きな野菜やハーブを植えたりしています。

僕はお得意の「ニラ」「ネギ」「ダイコン」で、今からニラ尽くしの日々が楽しみです。

この「一年生菜園」はキューの名物となっており、かつ一般公開されている場所にあるので、来園者の中には毎年見るのを楽しみにしているという常連さんもいます。

その一般来園者との間は木製のフェンスで仕切ってあり、各々の畑には「顔写真、略歴、その他コメント」などが貼りだされます。

皆それを見ては「あなた日本からきたの」とか「そこに植えてあるのは何?」とか「うちでもタマネギ作ってるんだけどね、うまくいかなんだけど何でかしら」とかもうひっきりなしに色々聞かれます。

それはそれで有難いというか楽しいのですが、昨日の様に好天、連休となると来園者の数もハンパではなく、それに全部構っていると自分の仕事が全くはかどりません。

てなことで、あっという間に3時を過ぎ、「イカン、このままではせっかくの休みが・・・」と仕事を切り上げ、今度は2年生の友人の家の庭を見に。

これが庭探訪1です。

彼らはトムとグリンという2年生2人コンビでチズイックという隣町の豪邸に住み込んでいます。

家賃がなんと月1万円を切る安さ、しかも超がつく程の豪邸。

このからくりは、この邸宅の庭仕事をすることが条件になっているからです。

この庭は「ナショナル・ガーデンスキーム」といって年に一回一般に公開し、その入場料はチャリティーに寄付されるというもの。

彼ら二人はこの日の為に日々庭を手入れしているわけです。

そして先日がその一般公開日。

彼らの丹精こめて手入れした庭がどんなものなのか晴天のな
かサイクリングがてら見に行ってきました。

後で他にも見に来ていた2年生達とパブに繰り出し、「暗くなる前に帰らなくてはイカンのだ、きょうはっ!!」と使命感に駆られて帰宅したのは「芝刈り」の為。

現在、大家夫妻は一ヶ月以上フランスに行って不在なのですが、留守中の庭の芝刈りを頼まれているのです。

そして、彼らは火曜日に戻ってきます。

彼らが帰ってくるときには一応ピシッとしておこうと。

菜園仕事中聞いていたラジオで月曜はまた天気が悪いと知っていましたので、やるなら今日しかあるまい、という作戦です。

夕日を浴びながら芝刈りをこなし、大家がいる間にはちょっと遠慮しちゃう臭いのきついものを作ろうと、「タテバヤシ特製焼肉ライス」で連休2日目終了。

そして今日は目覚めた時にはまだ日が差していたものの、アッという間に厚い雲が覆ったかと思えば、シトシトとほぼ終日雨。

しかし、これにめげずに庭探訪2、を敢行。

これはなんてことはないのですが、キューガーデンは現在季節的にかなりいろんな花が咲き乱れて、ある意味見ごろなのです。

普段は授業で忙しく、ゆっくりは見れないので、時間があるときに腰を据えて見ようという作戦です。

雨はいただけませんが、写真を撮るにはあまり明るすぎるよりは逆に良かったりします。

そんな訳で雨の中を3時間以上フラフラしたでしょうか。

自宅に戻り、簡単に遅めの昼食を済ませ、ビールを飲みながら新聞などを読んでいるとウトウトしてきてちょっと横になったらなんと夜です。

連休最終日、終了目前。

まあ、それなりに平和で良い休みではありましたが、積み残しも多く達成感はさほど高くありません。

肝心の復習は・・・・、どうぞ武士の情けドントアスクミーでございます。

明日にはいよいよ大家が戻っていて「タテバヤシ天下」もあえなく終了です。

一抹の寂しさもありますが、そんなことは言ってられません。

やり残した庭仕事を放課後から日没までこなす忙しい一週間になりそうです。

添付写真は、雨に濡れながら歩いたキューの現在の一番の見所「ブルーベル」です。

これは5月上旬に咲く球根で、キューのブルーベルはそのおびただしい数で有名です。

写真では伝えにくいですが、青というか紫色の花が一面にカーペットのように広がる様は圧巻です。

では残りの休みを楽しくお過ごしください。

2014年11月6日木曜日

2004年04月29日 「庭仕事の愉しみ」



現在は申し上げているように、3ヶ月間の集中講義期間で朝から晩まで(ちょっと大袈裟で実際は9~5時)学校での授業、試験、レポートなどに追い立てられ、精神的に疲れています。

授業の中には「植物解剖学」なども含まれ、日によっては半日以上顕微鏡を覗き込み「これが××細胞で・・・」などとやっていて、眼精疲労もかなりのもの。

身体を動かす仕事からはこの期間離れるので、なまるというか、土が恋しくなる訳です。

そんな中、趣味と実益を兼ねて週末を中心にしているのが庭仕事のバイト。

現在、自分が専属で担当しているのが一軒、時折クラスメートの手伝いとして参加するのが一軒。

都合2軒を掛け持ちしています。

これは信じられないほど時給が良くて、ウハウハもののバイトで、本当に生活が助かっちゃう有り難いものです。

先週パブで3年生のアメリカ人、マーティンが「マサヤ、実はフランスに2週間遊びに行くんだけど、その間オレの担当している庭の面倒をみてくんない?」というので「お安い御用!」とばかりに引き受け、先日マーティンと二人で先方宛て挨拶と諸事項の説明を受けてきました。

場所はキューの隣町リッチモンドのなかの閑静な高級住宅街。

約100坪の庭の手入れについてマーティンが説明をしてくれました。

途中、ピンクのチェックのシャツを着た白髪の老人がニコニコ笑顔で近づいてきて、握手をして挨拶をしました。

彼の名は「リチャード」。

とても気さくでいいカンジのおじいさんですが、なんかどこかで見たことあるような、と思って後でマーティンに聞くと彼の名字は「アッテンバラ」すなわち「リチャード・アッテンバラ」。

映画「ガンジー」でアカデミー監督賞を受賞した映画監督であるばかりか、本人は俳優としてもジェラシック・パークの「恐竜園」のオーナー役などでも銀幕に名を馳せたおじいさんです。

そうかー、道理でスゲー家だもの。

と一人で大納得した次第。

でも全く気取ったところがなくて優しいおじいさんでファンになりました。(単純)



そんな訳で今度の週末からマーティンがいない間、新たな庭の手入れをすることとなりました。

時間は全く僕の自由で、例えば今度の土曜日はクラスメートの手伝いを9時から14時まですることになっており、その後その足で15時から19時頃まで(最近は日が伸びて20時過ぎまで十分明るい)頑張っちゃおうか。

その場合時給が××ポンドとして・・・・、ウキーっ!!目の前をお札が舞っていき、これでなんかウマイもんでも食おう、そして欲しかった夏用の水筒を買おう、あまった場合は・・・と皮算用だけは着々と進みます。

オット、本業の勉強も頑張ってますよ、それなりに。

日本はゴールデンウイークですね。どうぞいい休暇をお過ごしください。

ではまた。

2014年10月19日日曜日

2004年04月16日 「捨てたもんじゃない話」


こんな題名をつけると、バチがあたりそうな今回の話。

かつて銀行員時代の同期で現在ロンドン支店に勤務している友人が7年の勤めを果たし、この度帰国するということになりました。

彼とはかつてのラグビー仲間でもあり、新人研修以来の仲で、渡英以来もたまに会ったりして、「ああー同期って良いもんだ・・・」と銀行を辞めてしまったにもかかわらず懇意にしてもらい、心強く感じておりました。

そんな彼が今週火曜日イースター休暇明け、帰国直前に催した職場仲間の送別会に招いてくれて、学校が終わるやいなや、相変わらず自転車をかっ飛ばして金融街「シティー」にある飲み屋まで馳せ参じたのでした。

当然ながら皆してスーツ。

山登りみたいな格好をしているのは僕だけでしたが、それでも皆暖かく迎えてくれ楽しいひと時を過ごしたのでした。

「名刺交換」

この風習はサラリーマンを辞め、日本を離れた今はほとんど馴染みがなく、皆の様子を観察しているとなんとも不思議な風情でした。

僕も名刺は貰うものの、差し上げるような名刺などあるはずもなくちょっと肩身が狭い気がしました。

しかしそれにしましても、皆様「デキル」という顔立ち、立ち振る舞い、仕草、語り口で、「ハレー、オレもこの会社に数年前、本当に働いていたのか??」と首を傾げたくなります。

いずれにしても、普段の自分とは全く違う世界を垣間見た気がして、新鮮でした。

さて、ほろ酔い気分で自転車を走らせ気分良く帰宅する途中に、「オオ、そうそう、タマゴ、パン、牛乳を切らしていたのダ」と思い立ち、スーパーに寄りました。

なんだかんだと買って、合計額が9ポンド少々。

レジでカードを使うか、現金で払うか思案した結果、財布から10ポンド紙幣を取り出して現金払い。

レシートを受け取って、荷物をリュックに詰めてスーパーを後にしようとした時に、「アレっ?財布は?」。

全てのポケットに無く、リュックをひっくり返しても無い。

慌てて何度も同じ場所を探しても無い。

そんなバカな!だってつい今レジで財布開けて現金を出したんですよ。

その財布が消えるなんて。

レジのお兄ちゃんに聞いても知らないと言う。

想像するに、レジ台に置いたまんまで、次の客が「ラッキー」と持っていってしまったとしか考えられない訳です。

無いものは仕方が無いと消沈し自宅までたどり着き、冷静に財布に何が入っていたか考えました。

キャッシュカード、学生証、図書館会員カード、プールのメンバーカード、ナショナルトラストのメンバーカード、免許証、スーパーの会員カード。

幸い現金は紙幣無しのコインのみで約300円(幸いというか情けない気もしますが)。

早速銀行に電話するも深夜で繋がらず、翌日朝イチで被害の無いことを確認してストップしました。

気が重かったのは、全てのカードを再発行しなければならないことと、新しく財布を買わなくてはならないこと。

いずれもしなくていいものなら避けておきたい事柄です。

「どうすっかー、今日は新しい財布を買いに行くかぁー。おっと、300円しか無いんだった。買えないよぉ、なんにも。新しいカードが来るまで・・・」

なーんて脳天気なことを考えていたら、今朝の郵便配達が、「書留デース」(配達記録)とやってきました。

「また大家宛てだな」と思い受け取ると、なんと宛名はワタクシ。

ひょっとして!!と思って封を切ると中から出きました、財布が。

カードは全て無事。

コインはどこかへ失せていましたがそんなことは問題ではありません。

差出人の住所を見るとロンドン南東部。

僕が住んでいるのは南西部。

例えるなら、渋谷で失くした財布が足立区で拾われて送られてきたということでしょうか。

それにしても、この国でなくなった財布が出てくる、というか送られてくるなんてのは奇跡みたいなもんではないでしょうか。

そんなことを言うもんではないとは思いますが、なかなかどうしてこの国のモラルはさほど高くないと思われ、自動車のハンドルに盗難防止の鍵を掛けたり、自転車にも大袈裟な鍵をつけたり、家を空ける際のアラームなど、100%平和とは言い難い状況を知っていましたので。

どうお礼したものかとも思いますが、まずはお礼の手紙でもしたためようと思っています。

でも、スーパーで使ったばかりの財布を置き忘れる自分が一番悪いと反省する次第。

これがボケの始まりでないことを祈るばかりです。

春爛漫で花がどうしてもキレイなので今回もちょっと。

シクラメンです。

日本ですと、どうしてもクリスマス時期に鉢植えで見かけるのが多
いですが、地植えのシクラメンは大木の袂(たもと)などの日陰の湿気の多い場所を好みます。

鉢植えと違って、ナチュラルで可憐なシクラメンです。

では、また。

2014年10月9日木曜日

2004年04月12日 「イースター」



前略。

現在当地はイースターの真っ只中で、金曜から月曜まで堂々の4連休です。

英国にはゴールデンウィークというものはありませんので、これがその代わりといったところでしょうか。

よっぽどテントと寝袋を抱えて何処かへ繰り出そうかとも思いましたが、なかなかやることが多く、フンギリがつかず大した遠出はしていません。

昨日は午後から自転車でロンドン観光大作戦を展開し、テートモダン美術館、バッキンガムパレス、ロイヤルアルバートホール、ロンドンアイ(大観覧車)、コベントガーデンなどを疾走し、仕上げはコベントガーデンの裏にある回転寿司で締めて、気分良く自転車で戻ってきたのでした。

回転寿司屋に行くのはまさに「初体験」で、その名も思いっきりの「くるくる寿司」。

ここは以前から目をつけていたところで、何かあった時にはここで・・・とアイディアを温存しておいた場所。おっかなびっくり暖簾をくぐると夕方6時半だってのに、客は僕のほかにイギリス人が一人だけ。

緊張した面持ちで着席し、店内を観察するとまあまあ「日本度」が高いお店のようで安心しました。

この「日本度」はとても大切で、日本度の低い「何となくアジア的雰囲気」を醸しているだけの店ではまともな寿司などは期待できるハズもありません。

着席して割り箸を割って臨戦体制にはいったものの、肝心の値段システムが分かりません。

日本人らしきウエイターのお姉さんに、「あのーぅ、初めてなんですけどぉ、お皿の値段はどうなってんでしょうか?」と聞くと、僕の真後ろにお皿のサンプルとそれに対するお値段が示してあります。

緊張していたのでしょう、気付きませんでした。

お姉さんは「全てのお寿司にはワサビが入っていませんので、お好みでご自分でつけてください」と説明してくれました。

箸で、ネタを持ち上げては自分でワサビをツメツメし、Do it yourself的回転寿司体験となりました。

一番安いのが1ポンド20ペンス(約240円)、高いのが3ポンド60ペンス(720円)。

当然ビビッちゃって一番高いのには手が出ませんでした。

朗報は、一番安いのに「サーモン」が含まれていたこと。

このサーモンはそこそこ脂がのっていて、「とろっぽい」という理由で数皿繰り返して食べました。

あとは、これでパブで一杯飲める、とか、これで普段のお昼のサンドイッチが軽く2回食える、とか、様々な思惑が錯綜し6皿でお腹が、イエ、胸が一杯になり箸を置きました。

料金はキリンビールの小ビンも込みで16ポンド60ペンス(約3200円)。

普段の自分の感覚から行くと高い気がしますが、冷静に日本での自分の所業を思い返すに25皿とか食べて生ビール2、3杯飲んで4000円前後使っていた頃を思えば、納得の範囲でしょうか。

店を出る段になってやや落ち着きを取り戻し、店内を観察しなおすと、一番肝心の板さんがインド人系であることに遅まきながら気付きました。

奥の厨房で揚げだし豆腐、トリのから揚げ、枝豆などを皿に盛っているのもインド・パキスタン系であることが判明。

でもサーモンにぎりがそこそこイケたのでヨシとしましょう。

何度か自転車でロンドンに繰り出すうちにだんだん道も分かってきて、最近は45分以内で街の中心地まで到達できるようになりました。

自転車は厳密に自動車と同じ扱いですので、車道を走ります。

英国名物のラウンド・アバウトも自動車に混じってバンバン右折、左折など思うままです。

かなりの速さで、我ながら「ウヒョー、マジ速っ!!」と、感動してしまいます。

自転車にこだわるのは「自転車でしか見えない景色があるのサ」とか「風を感じたいのサ」などというカッコいいものではなく、単に電車代が惜しいからに他ならないのですが・・・。

ロンドンの公害(排気ガス)はかなりのもので、自転車から降りると顔が黒っぽくなっていることもシバシバです。

まあ、東京で環七、環八、山手通りあたりを走っていたときと同じ、同じ、と言い聞かせて走っていますが、あまり気持ちの良いものではありません。

明日はイースター休暇の最終日。

天気が良ければ、また自転車で、ロンドンとは逆方向、ウィンブルドンあたりを流すか、などと思っていますがどうでしょうか。

遊びまくっているわけではなく、授業の復習、試験勉強、掃除、洗濯、庭の手入れなど、何かと忙しい4連休です。

久し振りに写真を添付いたします。

これは「フリティラリア」という春先に咲く球根で、ちょこんと頭を垂れた様がなかなかカワイイ花です。

英語名は「スネーク・ヘッド」で、花びらの模様がどこか蛇のうろこを想像させるからなのでしょうか。

田舎道を歩いていると見かける花で、目立たず、でもどこか主張があって僕は好きだなぁ・・・。

では、また。

2014年9月23日火曜日

2004年04月06日 「近況~2004年4月」

大変ご無沙汰をしておりました。

元気でお過ごしでしょうか。

申すまでもなく、今は4月。

春爛漫。

先週、時計の針を一時間進めて、サマータイムに突入して本格的に良い季節になってきました。

さて、何をしていたかというと、マア大したことはないのですが、それでも学生らしくレポート、試験などに追われてアッという間に数ヶ月が経っていたという次第。

レポートはpropagation(辞書をひくと植物の繁殖となりますが、ちょっとシックリこないカンジ)に関するプロジェクトで、ワタクシは「ヤドリギ」という風変わりな植物を研究しておりました。

これが始めてみるとナカナカ面白くて、本、インターネットなどで世間に普及している一般的な繁殖方法は分かっていたのですが、人づてに色んな情報を収集していると、ナントこれまでに全く前例のない方法で、しかもかなりの成功率で、繁殖を可能にしたオジサンに出会うことが出来て、この画期的な方法を織り込みつつヒーヒー言いながらレポートを仕上げたのでした。

自分が採取してきたヤドリギが発芽したところ

ヒーヒーというのは本当で、所詮ワタクシの英語表現力などはタカが知れていて、例えば「この画期的方法はコロンブスの卵的発見ナリ」などと言おうとしても、そんな表現は辞書になく、英国人に意味を説明して「で、このコロンブスの卵って何て言えばいいの?」と聞いてもそんなのはないと言われる始末。

頭の中にナイスなアイディアが沸いてきて、「ヨシッ!!この線でいくゾ」とイザパソコンに向かうといきなり5歳児の感想文的になってしまうのにはホトホトイヤになりました。

平行して2週間毎にある、植物同定試験(全てラテン語)も準備が十分に出来ないこともシバシバで、慌てて試験前日に「ヨシッ!何事も気合ダ。気合が全てなのダ。」と机に向かい、デジカメで撮った植物の写真とその名札の写真を交互に見ながら指が折れるほど書いて書いて書きまくって、なんとか40個の植物名(科・属・種・品種)をラテン語で詰め込み試験に臨み、「今度からはもっと早くから準備しなきゃね・・・」と毎回同じ反省を繰り返すばかり。

学名は避けて通れない茨の道


この手の記憶モノは、不惑目前の硬くなった脳味噌にはかなりキビシイものがあります。

しかもラテン語はなんら普段の生活に接点がないので、もう理屈じゃなく語呂合わせなどを駆使したゴリ押し式です。

その一日で40個全てを詰め込んだ日は、頭から湯気が出ていた(多分)ですし、こぼれ落ちないように「禁酒」までしました。

このキュー・ディプロマというコースは1年=12ヶ月のうち9ヶ月は植物園で実習を通じ学び、3ヶ月は朝から晩まで学校で講義があるというもので、この4月からの3ヶ月がこの1年生の授業期間になります。

「土壌学」「植物分類学」「植物解剖学」「植物形態学」「植物構造学」「遺伝」「デザイン」・・・・などなどを学ぶのですが、見てのとおり「生物」の授業のような内容で、これまで英国に来てから学んできたものを更に詳しく、深く学ぶことになります。

毎度頭が痛いのが専門用語で、「分裂組織の細胞は小型で液胞がなく、核が大きく細胞壁が薄い」なんてのを全て英語で言われると、もはや訳すことは意味がなく、そのまんま理解するしかないですね。

だってそもそも高校時代からこの課目は避けて生きてきたわけですから日本語で言われたところでなんの助けにもなりません。

付け加えていうなら、ワタクシの人生で5段階評価で最低の「1」を取ったのは後にも先にも高校時代の「遺伝」でした。

それをこの年になって英語でやり直すとは、人生とは摩訶不思議なものです。

まあ、3ヶ月間は「忍」の一文字です。

でも本当に季節は良くなりました。

薄手の上着で大丈夫ですし、日照時間もグーンと伸びて何処かに繰り出したい気分です。

植物も、スイセン、クロッカスなどは既に終了し、今はコブシ、モクレン、レンギョウなどでしょうか。

春、春、春

冬の間は控えてある芝刈り作業もあちこちで始まり、刈り込んだ
ばかりの芝の匂いを嗅いでいると、「ウーン、いい季節じゃ」と腕を組んで大きく頷きたくなります。

テント、寝袋を担いでの遠出は3ヶ月後のお楽しみにしておいて、目下自転車で近場を見て回っています。

近場と言ってもどうして捨てたものではなく、例えばリッチモンドという街にはリッチモンド・パークという1000万㎡の広大な公園があり、ここはその昔王室の狩猟場だったということで、鹿なんかも見かけます。

天気が良ければ、その横を流れるテームズ川のほとりにあるパブなどのテラスで一杯やるのもイイもんです。

現在、大家夫婦はフランスの別宅に行ってしまい、留守を任されている僕としては気楽に一人暮らしをエンジョイしております。

留守中は何時にトイレを流そうが関係ないですし、揚げ物、ニンニク料理なども気にせずバンバン料理して極楽ですね。

因みに昨日、一昨日と2連チャンでトンカツを揚げて、あまりの美味しさに絶句していたところです。

そんなこんなの春到来、英国風情です。

それでは、また。