どうして「スバラシキ英国園芸ノススメ」なのか

ちょっと読んで 「あんまり面白くないなぁ」 と思った方。
騙されたと思ってしばしお付き合い下さい。

7年間の英国留学中にしたためたメールは300を越えました。
そしてこれが 「尻上がり的」 に面白くなっていくのです。

当初の初々しい苦学生の姿から、徐々に英国に馴染んでいく様子は100%ノンフィクションのリアルストーリー。

「スバラシキ英国園芸ノススメ」の旅はまだ始まったばかりです。

2011年9月14日水曜日

2000年09月30日 「立腹」



中学生だったころインドのボンベイに暮らしていました。

そのとき家のエアコンが動かなくなり父親が電気屋に修理を依頼したものの約束の時間はおろか約束の日に現れずかなり憤慨していたことを思い出します。
そんないい加減なことはインドというノンビリしたノープロブレムな国だからだろうと思っていました。

そしてケンブリッジに引越してきて、先進文明国であろうこの国でアパートに電話回線を開通させるという単純なことが全くはかどらない事態にほとほと疲れてしまいました。
堪忍袋の緒が切れそうですが、切ったら電話回線は永遠に繋がりません。

そもそも電話会社に依頼をする時点ですでに怪しかったのです。
大家から教えてもらった電話番号は「順番にお繋ぎしますのでそのままお待ちください。」と無味乾燥なテープが繰り返し流れるだけで、実際に繋がるまで延々20分以上待たねばなりません。

全然「少々のお待ち」ではありません。
当たり前ながら家に電話回線がないのでこの依頼の電話は公衆電話からしていて、その20分の待ち時間の間コトッコトッと小銭が落ちていきます。
かなりの小銭を用意しておかねばならず、順番を待つ間に小銭が尽きてまた最初から並びなおさねばならないこともしばしばでした。

どうにか申し込みまでこぎつけたものの、後日手紙で工事の日程をこちらの予定も顧みず一方的に水曜日の朝8時から11時の間にうかがいますといってきました。
平日は植物園優先ですので、工事の日程をずらしてもらう交渉をするのにまた20分テープを聞いてやっとの思いで土曜日の14時から17時の間という変更をとりつけて楽しみに待っていました。

待っている間に新しいアパートの住人であるケンブリッジ大学博士課程在学中のデイブ君が引越しの挨拶にきました。

「電話会社を待ってるんだ」と彼に言うと「気をつけたほうがいいよ。やつらにこの前すっぽかされたよ。」とイヤなことを言います。

まぁ大丈夫だろうと前向きに考えて、その間に洗濯をしたり、部屋の掃除をしたりして彼らを待ちましたが一向に現れません。
ついに約束の17時を過ぎて「ダメだこりゃ。まったく腹立つ!」と諦めた頃にはすでに貴重な土曜日が終ろうとしていました。

気分転換に買物にでかけ、夕食をこしらえてビデオを見終わった23:30に「この時間ならあまり順番を待たずに済むのでは」と淡い期待を持ちながら散歩がてら公衆電話から苦情と次の日程をとりつけるために電話をしました。
本来なら向こうから謝罪の連絡があってしかるべきなのに、なんでこんな夜中に外の公衆電話から貴重な時間をつかってこんなことをしているのかと思ったら無性に腹が立ってきました。

電話に出た男性担当者に「顧客サービス係を出せ」というと「私です」というので「今日は苦情があって電話をした。今日の14~17時に工事にくると言う約束だったので大事な予定を全てキャンセルして待っていたのに誰も来やしない。どうなってんのか?で、いつなら来れるのか?こっちも忙しい身でエラく迷惑しているのだ。」とよどみなく一気に不満を伝えると
「ケンブリッジ地域の担当者の電話番号を教えるので明日あらためて電話をしてそちらに聞いてください。こちらでは分かりかねます。」とアッサリしたものです。

日本であれば、はらわたが煮えくり返ってその場で電話を叩き切っているところですが、そんなことをしても電話回線は繋がらないのは明らかですし、この国の何処を頼ろうともこの調子であろうことは薄々気付いていましたので、グッと我慢して翌日再度交渉をすることにしました。
でも主張しないと誰も面倒をみてくれないので、毅然とした態度で臨まないと永遠に電話回線は繋がらないと思われました。
ナメられてはいけません。

というような状況で電話回線が繋がらないとこのメールも送れないので、それまでの間しばし書き溜めて回線開通のときにまとめてお送りします。
では、また。


そして今は明けて9月10日(日)です。
ケンブリッジ地域の担当者には朝8時から電話が繋がるというので新聞を買うついでに小銭を握りしめて公衆電話に向かいました。

電話口の担当者は「前の家での工事が長引いたんでしょう」とこともなげに言います。
「で、いつ今度は来てくれるんだい?」と核心に迫りました。

「2週間後の9月23日(土)ですね」と事もなげにシャーシャーと言ってのけるので「冗談じゃぁないよ。昨日だって大事な約束をして1日中待ったんだ。
なんとか来週の土曜日にこられるように手配してくれよ。」と食下がったものの「なんともしかねます。」と先方も譲りません。

もはやこれ以上の交渉は無理と判断し、2週間後の土曜日としました。

でもまた2週間後に現れないことが容易に想像できましたので「大丈夫だろうナ。約束出来んだろうナ。君の名前を念のために教えてくれ。」としつこく念を押して電話を切ったのでした。

このメールが9月中に届くことを祈りつつ。

更に今は日曜日の21時。
夕方散歩から戻ると玄関先で今度引越してきたエドと大家のジルというおばさんが立ち話をしていましたので、少々知恵を働かせて「昨日電話会社は来ることになっていたのですが現れなかったんですよ。今朝再交渉をして2週間後に来ることになったのですが、大変不便を被っていてあなたから何とか来週の土曜日に来てもらえるように交渉してもらえると有難いんですけど。」と泣きついてみたところ、「任せなさい!」とのこと。

この大家のおばさんは口から先に生まれたのでは??というくらいに口が減らず、とにかくよく喋るひとで、更になかなか自分の意見を曲げないタイプと踏んでいましたのでこの人を味方にして電話会社に交渉させたら通らないことも通るのでは?という期待がありました。

すると意外な展開が。

ふたりして電話のまえに座り込んでテープの音声を聞くこと25分。

ようやく電話が繋がるとジルは「繋がるまで20分も待ったんだけど、アナタのところではこれって当たり前のことなのかしら?」と開口一番先制パンチです。
「ナルホド。イヤミはこう言うのか。フムフム。」と感心して聞き入っていると僕が交渉したときのように「前の家で長引いたのでは」といったいい加減な答えではなく全く別の原因が判明したのでした。

このジルというおばさんは口が過ぎるので敵も多いようで、彼女の店子であるアパート隣の自動車修理のオヤジとうまくいっていないようで、彼はそのジルの店子である僕への協力は一切しないというフィロソフィーの持ち主のようです。

電話回線工事に必要な配電盤は彼の自動車修理工場の敷地内にあり、彼の立会いなく勝手に敷地内に入ることはならないと彼が電話会社に電話をしたためキャンセルになったとのことでした。

原因が分かってみると、どうも変な争いの間に巻き込まれた感じがしました。

今にして思えば、おばさんも決して100%親切心ではなくて、内心ひょっとしてという心当たりがあったので電話会社に連絡をしてくれたのではないかと思われます。
ともあれこんなことで自分が不便を被るのは迷惑な話で早い問題解決を心から願わずにはいられません。

しかしこのまま放っておいたら2週間後もまた誰も現れないってことだったのかと思うとなんともやり切れないものがあります。
自分の英語力ではまだまだこの国で生き抜けないということかと寂しくもありました。


・・・そしてようやく開通です。
かれこれ一ヶ月も掛かってしまいました。

電話回線を開通させるという単純なことながら本当に疲れました。
ともあれ晴れてこれからはメール送受信し放題ですので今後ともよろしくお願いいたします。

0 件のコメント:

コメントを投稿