どうして「スバラシキ英国園芸ノススメ」なのか

ちょっと読んで 「あんまり面白くないなぁ」 と思った方。
騙されたと思ってしばしお付き合い下さい。

7年間の英国留学中にしたためたメールは300を越えました。
そしてこれが 「尻上がり的」 に面白くなっていくのです。

当初の初々しい苦学生の姿から、徐々に英国に馴染んでいく様子は100%ノンフィクションのリアルストーリー。

「スバラシキ英国園芸ノススメ」の旅はまだ始まったばかりです。

2014年3月20日木曜日

2003年08月28日 「新居にて」

雨が全く降らず茶色く枯れこんだキューガーデンの芝


日本は残暑が厳しいとか。

当地は英国としては気温はまだ高めながら、朝晩は少々冷えるようになり秋の気配もチラホラです。

ただ、8月に入ってからは一日も降水が無く、辺りはカラカラに乾いています。

普段は緑が美しい芝も今は渇ききって茶色に枯れてしまっています。

さて26日(火)に一時的に居候をしていたケンブリッジからロンドン郊外のキューに引越しをしました。

7月末にヨークを引き払い、ケンブリッジの友人宅を転々としている間は言うなら「住所不定」であり、加えて「無職」でありますので、ここで犯罪に手を染めれば「住所不定無職、タテバヤシマサヤ、38歳が・・・」という活字が新聞に踊っていた訳で、生まれて初めての「住所不定・無職」をハラハラしつつ過ごしておりました。

今度の住まいは、普通の一軒家(英国でいうセミ・デタッチド・ハウス=2件の家がくっついている形式)で、大家さんと同居です。

大家さんは60~70代と思われ、子供が独立して出て行ったので、1部屋をキューの学生に貸すことにしたそうで、清潔で暖かそうな家です。

大家さん同居だけあって、色々と気を遣うことも多く、「プライバシー」がもうちょっと欲しいなぁ等とも思わくもないですが、そんな貧乏学生の分際で贅沢は言えません。

家賃はこの辺の相場から見れば安くて、しかもキュー・ガーデンまでは徒歩15分程度とロケーションも良く、一旦学校が始まれば忙しくて、そんなことは気にならなくなるだろうと思っています。

大家さんはリタイヤした一方で文筆業などでかなり忙しくしている様子で、しかも1年の内の4分の1、つまり3ヶ月間はフランスの別宅に行ってしまい、留守の間は「ボクの城」となります。

問題が2つあって、ひとつは部屋がやや狭いこと。

この4年間で思いの外、荷物が増えてしまい、この全てを持ち込むのは無理という判断に至り、ケンブリッジで荷物をひっくり返して当面必要なものと暫くは使わないものを分けて、ケンブリッジの植物園のジョンのオフィスの隅に積み上げて置いてきました。

今後3年間、埃をかぶっていることでしょう。

問題その2は猫がいること。

僕は基本的に動物好きではあるのですが、どういう訳か猫だけは身体が受け付けないのです。

猫アレルギーのクセに猫と同じ屋根の下で大丈夫かっ!?という危惧もあるものの、「やってダメだったらその時に考えるべし」と、自分の哲学を実践するのみです。

まあ、猫と毎晩一緒に寝ろ、と言われているわけではなくて大家さんが不在の際にエサをやってくれ、という程度ですので大丈夫かな、と。

そして引越しをした昨晩。

大家さんが家について説明をするから、ということで約一時間掛けて話を聞きました。猫のエサは、食器は、ゴミは、ヒーターは、と矢継ぎ早に次から次へと説明を受けて、頭から湯気が出そうになります。

一番困惑したのが、「アラーム(警報)」。

さすが大都市ロンドンだけあって、犯罪発生率もかなりのものなのでしょう。

窓、ドアなどにそれぞれ鍵が掛かり、外出の際には警報装置をセットするのだそう。

当然にして僕もこれを操作せねばならず、昨晩は大家さんの指導のもと、「練習」を数回しました。

「ハイ、その鍵を右に90度回して、青のランプを確認したら、鍵をさらに90度回す。ハイ、アラームがなったら約35秒以内に外に出て、赤い小さなボタンを押す。そして、施錠・・・・」

「あのぅー、青のランプでは無くて、赤いんですけど」

「それは上の3つの部屋の扉のうちどれかが開いているからよ。見てきて。」

「うへー・・・」

てなことを繰り返してなんとかアラーム・セットを習得しました。

一日ではとても全てを覚えきれず、今日はこれから「留守電の取り扱い」について「講義」があります。

園芸の勉強より大変カモ・・・、と先行き不安です。

新居の住所を記しておきます。

出張、旅行などで英国にお立ちよりの際にはどうぞお気軽に声を掛けてください。

それでは、また。

2014年3月12日水曜日

2003年07月30日 「ヨーク別れ話」

デイブ君とジャパニーズ・レストランで

申し上げたように10日間留守にしていましたが、いよいよ最終的な引き払いをすべく、ヨークに戻りました。

戻って腰が抜けました。

というのは、この4人住まいのアパートは既に2人が出て行き、50代後半のおじさんと僕の二人住まいだったのですが、留守にする直前2人の女子大生が新たに入居してきました。

「女子大生と同じ屋根の下」・・・なにやら響き的には悪くないカンジもしないでもなくもないですが、とんでもございませんデス。

特にこの内の一人がこのアパート全体を完全に「アタシんち」化させてしまいました。

具体的には、自室はいうに及ばず居間、台所、浴室などをピンク、黄色、青などに塗りたくり、そのケバケバしさには脱帽モノです。

居間は皆の共有空間なはずですが、ソファなども自分好みのカバーを掛け、ロウソクを飾り、レイアウトを変え、個人のモノ、例えば靴やビデオ、雑誌などをそこらに撒き散らしてあります。

2人はそもそも友人らしく、一方の女の子は気にしていない様子。

カベにはジョージ・クルーニ、ブラッド・ピット、トム・クルーズ、ヒュー・グラントなどの写真を雑誌から切り取ったものをコラージュ風に貼ったお手製ポスターが飾られ、階段の手すりには、洗濯モノが所狭しと並んでいます。

「パンツとかブラジャーをこんなところに乾すなっ・・・・・・」と当世英国女子大生気質を目の当たりにし胸が悪くなってしまいました。

僕は一日でヘタってしまいました。

幸い木曜日の午前中で僕はこことはオサラバするのでいいのですが、「50代後半のおじさんよ、幸多かれっ!」

そんなことはさておき、ヨークから戻った晩に一足先に出ていったデイブ君から誘いがあり食事に出掛けました。

「ヨーク最後だろうから送別会をやろう」というなんとも思いやりのある言葉に少々感激いたしました。

彼はヨーク大学で化学の博士課程にあり、同居していたときは僕の卒論のつたない英語の手直しをしてもらったり、ホント助けてもらいました。

そんなスペシャルな晩に何を食べたかというと、「日本食」です。

つい最近ヨークにオープンしたジャパニーズレストランに行こうというので行ったのですが、期待通り不味くてガッカリしました。

ロンドン以外でこの手のジャパニーズレストランというのにまともなものはありません。

そもそも店員に日本人は一人もおらず、皆恐らく中国人だと思われます。

生の魚(刺身)を食べてみたいというデイブ君の要望に従い、彼には「刺身」「スシ弁当」、僕は「えび天ぷら」「チキンカツ弁当」を注文。

ハイ、と出てきた刺身をみて全身の力が抜けました。

恐らく切れる包丁を使っていないのか、はたまた切り方を知らないのか、「ちぎった」様なナマ魚がホンの少しだけでてきました。

見た目でサーモンと分かりましたが、イヤミも込めて「これは何ですか?」と店員に聞きますと、「サーモン・サヒミですぅ」。

一口どうだい?というデイブ君のススメで一口食べてみましたが、生臭くて食べられたもんじゃあありません。

これナマで食べられるサーモンだろうか?と不安指数がグーンと上昇します。

天ぷらも、チキンカツも自分で作った方が1000倍美味しいです。

「すまぬ、デイブ君よ」と自分が悪いのでもないのに謝りたくなってしまいました。

帰り道は一緒に途中まで歩き、最後に硬く握手をし互いの健闘を誓ったのでした。

そしてその翌朝が例の隣村のおばあさんの庭の手入れの最後の日。

引越し準備で忙しく「1時間」という約束で、丹念に芝を刈り込み、終えました。

おばあさんの犬、べスに「人が話しているときは聞けよ」と説教しているところ
例の「バイト代過少払い」の件以来は何ら問題はなく、最近はキッチリと払って貰っていました。

おばあさんには全く悪気はなく、あまり気にしないタイプだったというのが原因だったのでは、と想像します。

文句を言いたいのを「んっぐ」と飲み込んで、最終的には正解だったな、と今は思います。

おばあさんは最後に「サイン帖」を出してきて、「アナタのおかげで、とても良い庭になったわ。特に池の周りははこんなに賑やかに花が咲くことはなかったのに・・・・。ここにあなたの名前を書いていって。」というので、「MASAYA TATEBAYASHI / TOKYO JAPAN」と書いておきました。

本当ならチャンと住所を書くところでしょうが、未だ引越し先が決まっていないので。

そして「ハイ、これ」と貰ったバイト代は7ポンドではなく、10ポンド。

何やらTVドラマ北の国からで、父ゴロウから封筒に入った泥のついたお札を貰ったジュンの気分で、感動いたしました。

さて、これから一旦ケンブリッジに荷造り済みの荷物を運び込み、トンボ帰りでヨークに戻ります。

自分の小さい車では全て乗せ切らず、数回往復せねばならないのです。

ヨーク~ケンブリッジ往復約520キロ。安全運転いたします。

それではまた。

最後には良いおばあさん、ミセス・テイラー





2014年2月24日月曜日

2003年07月27日 「10日間」


前略。

現在7月27日午前9時半。

ケンブリッジのジョン宅の居間の床に座り、これを書いています。

18日の午後にヨークを出てかれこれ10日目。

19日(土)はイングランド南部のサンドイッチという街にあるロイヤル・セントジョージに全英オープンを見にいきました。

これは自分としては毎年の恒例行事になっているもので、今回が4回目。

昨年一緒に観戦に行った温室の責任者ロブと、今回はその奥さんモニカも加わり3人での観戦です。

天気は「クソ」がつく程「クソ良く」、昨年の雨の中7月だというのに凍えたのとは大違いです。

やはり自分は「独り派」なのでしょうか。

ロブもモニカも好きなのですが、こういった状況では自分の興味に従って自由にしたいという気持ちが強く、初観戦のモニカが大興奮で朝8時半の到着とともに最終18番のグリーン横のスタンドに陣取り、「ここで全ての選手を観る!!」と力強く主張。

って、ちょっと待ってよというカンジです。

なぜって第一組のスタートは9時でそれが18番に来るのは早くても12時半頃ですよ。

それまでジーっと誰もいない芝生を観ているわけですかい?

ワタクシは二人の気分を害さないように何とかそこを離れ選手の練習の様子を伺ったり、折角の英国を代表するゴルフコースですのでその美しさを堪能すべく歩いたり、パビリオン内のお土産屋をひやかして歩いたりして過ごしました。

あと何ともやり切れなかったのは、二人がアツアツで二人の世界に入ってしまうことでしょうか。

何事かあるとムーチョ、ムーチョとキスをし、アタクシはまさに門外
漢。(オレにもキスしてくれと言っている訳ではない)

例年、観戦していることを知ったロブが一緒に行きたいと言って昨年一緒にいったのが始まりで、そもそもはワタクシの恒例行事なのですゾ、と。

帰路の途中、「来年も行こうね、そして再来年のセント・アンドリュースは楽しみだね」と言っていましたが、ワタクシとしてはフクザツです。

その後は21日~25日まではケンブリッジ大学の植物園で日中は約一年振りに皆と一緒に働き、楽しい汗を流し、夜毎パブに繰り出したり、ケンブリッジの川でパンディングという舟遊びに興じたり、スヌーカーというビリヤードの巨大版をしにいったりと、アッという間でした。

昨日土曜日は、ジョンとケンブリッジから車で約20分のところにあるリントンという小さな街を散策し、その後その街にあるワイナリーを見学。



気候が主要因ですが白ワインしか作れないらしく、最後にテイスティングさせてもらった感想は・・・・、「何も気候の合わないところで無理して作るこたぁないじゃないか」ってところでしょうか。


夕方にはラズベリー摘みに行き二人で約3キロ半摘み、ジョン宅に帰るやいなやジョンの妹のジーン、お母さんのアンと家族総出でジャムを作り、その出来たてのジャムとをトーストにたっぷりと塗りさっき食べたばかりです。

これはシンプルながらウマかったです。

そんな10日間でしたが、これからヨークに帰ります。

今月一杯でアパートの契約が切れるので、荷物を運び出す一方、9月からの住まいがまだ決まらない為、取り敢えずケンブリッジの植物園の事務所の片隅に置かせてもらうことになりました。

30日には完全に引き払い、31日~8月3日はケンブリッジの昨年同様フォークフェスティバルで、4日間テント生活をしつつ、ビールを飲みつつ、フォークミュージックを楽しむ、という計画です。

過密スケジュールですが、全ては「遊び」ですので良しとしましょう

それではまた。


2014年1月28日火曜日

2003年07月19日 「3年ノーサンバランドへ」



どうやら夏休みシリーズの様相を呈してきましたが、今回はイングランド北東部のノーサンバランド地方(Northumberland)へ、ケンブリッジの植物園のジョンとマークの3人で「パフィン」という風変わりな海鳥を見に出掛けておりました。

言い出しっぺはジョンで、「パフィンをこのビデオにおさめたいのだ」という要望に従い、マークと僕はこの地方はパフィンは別としても海も山もいける風光明媚な場所なので「行こう行こう」と盛り上がり実現しました。

マークは彼女のヴィッキーを置いてきての3泊4日の旅で、主導権を握られている彼としては大英断の旅です。

天気オタクのジョンが「この4日間は保証するっ!!」と宣言しただけに4日間とも快晴。

海鳥を見る遊覧船ツアー、田舎道のハイキング、庭園巡り、そして仕上げは地元のパブでご当地ビール・・・と4日間はアッという間に過ぎたのでした。

海鳥を見るツアーでナショナル・トラスト所有のファーン島(Farne Island)に上陸すると、そこにはおびただしい海鳥が巣を作り子育てをしています。

子供を守らんかなと、我々の頭をツツキに鳥たちが襲いかかってきます。

最初にビデオ撮影に夢中なジョンが頭をつつかれた時はマークと僕は二人して腹を抱えて笑っていたのが、そのうちにそんな余裕がなくなるくらいに激しい猛攻撃。

船上でガイドが「帽子をかぶることをオススメします」と言っていた意味がようやく身をもって理解できました。

今回もジョンはみせてくれました。

「キャンプはねぇ・・・」と尻込みしていたくせに、初日の夜の天気が良く快適だったことに加え、神秘的な満月と宵闇のなんとも幻想的な空が気にいったようで、毎朝「今日もここにしよう」と自らキャンプ料金を管理人に払いに行っていました。

「いいねぇ、キャンプ。オレも大分アウトドアのベテランに見えるだろう?」とまあ現金なものです。

しかし、彼にとって致命的な大問題がキャンプ生活には隠されていたのです。

それは「バッテリー」。

彼のビデオ狂い振りは時に閉口モノですが、それはバッテリーあってこそ。

通常は3つの予備バッテリーを使い分け一日を凌ぐのですが、3泊4日は無理です。

「どうすんだろうね」とマークと話していたら、ジョンはスックと立ち上がり充電器を握りしめ、やおらお隣のキャンピングカーで来ていたおばさんに、「これ充電してもらえませんか?」。

マークと僕はのけぞってしまいましたが、キャンプ場の人々というのはえてして気さくで、「いいわよ、いいわよ」とジョンをキャンピングカーに招き入れたのでした。

キャンピングカーの窓越しに僕とマークに向かってガッツ・ポーズを見せるジョン。

僕らは更にのけぞってしまいました。

翌朝、ベーコンとタマゴで朝食等といって前日にスーパーで買い出してあったものを料理しようとしたところ、「燃料買い忘れた!!」とジョン。

マークと僕は、朝食諦めモードになったところ、ジョンが再びナベを抱えて、隣のキャンピングカーに。

「火を貸してくれませんか?」といって、見事にベーコンとタマゴを料理してきてしまいました。

様子を見に来たおばさんが、紅茶も差し上げましょうか?と言ってくれマークと僕は大恐縮しつつ「ハイ」と答えると、ジョンは「コーヒーがあったら、コーヒーの方が良いんですが。」

結局、紅茶、コーヒーなどをすすりつつ、美味しい朝食ではありましたが。



そんな笑いの絶えない旅で、一人旅もいいけどこうして気の置けない友人と楽しく旅をするっていうのも良いモンです。

僕はこれからケンブリッジに向かい、土曜日は温室の責任者のロブと奥さんのモニカと3人でサンドイッチで行われている「全英オープン」を観にいきます。

日曜日はそのロブの誕生日で、奥さんのモニカがロブに内緒でパーティーを企画しているとのこと。

来週一杯は、約一年振りにケンブリッジの植物園で働くことになっています。

トレーニーとしての期間を終え、もうこの植物園で働くことは無いだろうと思っていたのに、短期間とはいえ再び皆と働けるということで今からワクワクしています。

あとは引越しです。

この4年間で荷物がおびただしく増えていることに驚かされます。
取りあえずモノゴトを前に進めることが大切だと言い聞かせつつ。
それでは、また。

写真は
1.ホーリー島 (ボートを切って倉庫に。この発想がステキ)
2.朝食準備中
3.英国園芸史上の巨匠、ジーキル女史による植栽とされる庭



2014年1月23日木曜日

2003年07月19日 「ビザ」

立て続けになんですが、興奮してこれをしたためています。

キュー・ガーデンからは合格通知を貰ったものの、それは全てビザ次第ということで、ここ数ヶ月落ち着かずにおりましたが、先ほど連絡が入り無事許可になったとのこと。

キューに預けてあったパスポートにはキチンと許可のスタンプが押されてそれには2006年9月までとなっているとのことで、いよいよあと3年、念願叶って茨の道を歩くことになりました。

今後はロンドンでの住居を探したりせねばなりませんが、ともあれ野望に向け一歩前進したことをお知らせいたします。

2014年1月14日火曜日

2003年07月05日 「独り湖水地方へ」



スコットランドから戻り、洗濯をし、テント・寝袋を陰干し、間もなく今度は湖水地方に3泊4日で遊びに行ってきました。

何故、焦ったように遊んでいるかというと、今月一杯でヨークを引き払ってしまうと、この英国北部はかなり遠い場所となるからです。

今回の湖水地方は片道寄り道しつつノンビリ行ってもヨークからは3時間。

ガソリンも途中で給油せずにいけます。

日本でもかなり名の知れた観光地ですが、観光の中心地ウィンダミアは避けて、コニストンに2泊、ケズウィックに1泊しました。

起床し、洗顔すると村の喫茶店でフル・イングリッシュの朝食をとり(フライド・エッグ、ベーコン、ソーセージ、ビーンズ、トマト、トースト等)、当日の行動計画を練ります。

今回のテーマは「山歩き」。

朝食後、リュックに雨具、ミネラルウオーター、サンドイッチ、バナナ、チョコレート、双眼鏡、カメラなどを搭載し、18時過ぎまで毎日ひたすら山、谷を歩きまくりるというもの。

幸いに天気に恵まれ、初日以外は汗だくで山を満喫しました。



下山するとテントに戻り、ケチなシャワーを浴び一日の汗を流し、地元のパブへ。

前調査でこの地には1998年の全英最優秀ビールに選ばれた「コニストン醸造所のブルーバード」という地ビールがあると判明していたので、なんとしてもこれを飲むと意気込んで繰り出しました。

適度な運動の後、そして山の良い雰囲気も手伝って、夏風のフルーティーなこのビールはかなり美味しかったです。

ここでビールと一緒にパブで夕食にも手を出したいところですが、現在は超・緊縮財政ですので贅沢は許されず、テントに戻りパン、コールスロー、ワインをやりつつ、日が暮れるまで本、新聞を読む、といったパターンでした。

山歩きのいいところは、「気さくな山男・山女」に会うとういうことでしょうか。

すれ違うたびに挨拶を交わすのは言うに及ばず、立ち止まって話し込むことともシバシバで、これが結構楽しかったです。

特に、チャンとした地図を持っていなかったので、二股路などで「ウーム、右か、左か・・・」と悩んでいるようなときには、ホント親切に教えてくれます。

逆に僕が「コレは××で・・・」と植物のことを教えてあげると、「へー、何でそんなこと知ってるんだい?」と不思議な東洋人だったようです。

しかし、出会ってそういうやり取りをするのは、大抵50代、60代の熟年夫婦で、若い女の子のグループなどには出会わなかったです。

「キャー、お花のことそんなに詳しいんだぁー、もっともっと教えてー」・・・なんてね。

路に迷いそうになっていると前方から短パン、ポロシャツの頭の禿げたおじいさんが通りかかり、これまた親切に教えてくれました。

聞くと、定年になりこの湖水地方に居を移し、老後を山を歩いて過ごしているのだとか。

「じゃ、楽しみたまえ」と颯爽と歩き去ったその老人、カッコ良かったです。

分もああなりたいと憧れちゃいましたね。

そんな訳で、起き、食い、歩き、飲み、寝る、というシンプルな休暇、満足度はかなり高いです。

明日は例の隣村のおばあさんの庭の手入れをして「お小遣い」を少々稼ぎ、来週はケンブリッジのビル君と合流し、ロンドンにコンサートなどを観にいく予定です。

そして来週末は、ケンブリッジからジョン、とマークという二人が遊びに来て3人でイングランド北部のノーサンバランド地方に「パフィン」という風変わりな海鳥を見にいこうといっています。

こんな調子でカレンダーを見ると遊びの予定で、「ビッシリ」です。

一方、4人で暮らしていた我がアパートも既に2人が出て行き、現在50代のおじさんと二人暮らしです。

このおじさんとはあまりウマが合わないので、それが僕の「外出」に拍車をかけているともいえますが。

いずれにしても引越し準備もボチボチ始めねばなりません。

日本は梅雨時の鬱陶しい季節でしょうか。どうぞ体調万全でお元気で。

では、また。
写真は「ひたすら歩いた、快晴の湖水地方」の様子です。



2013年12月31日火曜日

2003年06月29日 「独りスコットランドへ」

6月も終了目前。

学校もつつがなく終了し(最終結果はまだきいていませんが)、これまで鎖につながれた犬が解き離れたかのように、6泊7日でスコットランドに遊びに行っていました。

これまでの最北到達地点は「インバネス」まででしたが、今回は最北端へ。 

DURNESSという西からJOHN O'GROAT’Sという東までをメインに道中気ままに寄り道する、というもの。

前半2日は気温も上がらず、霧雨が降り続くサエない天気でしたが、その後はまさに幸運としかいいようのない好天に恵まれ、この北の地をタンノーしたのでした。

一番の出費は何と言ってもガソリンで、普段でもバカ高い(リッター、約147円)のに辺境だけあってリッター約168円もします。

しかしこれはいかんともしがたく諦め、宿代を削りました。

とはいっても、これはこれで楽しく、なんら苦にならず安上がりでOKなのですが。

け惜しみではなく。

6泊の内4泊はキャンプ場でテント生活、2泊はテントでの寝方のコツがつかめなかったのと長時間の運転で腰が痛くなったのでホステルにといった具合で6泊しめてのお値段がザッと6600円。

現在ではテントでの快適睡眠術を体得しましたので全行程テントOK、となると一泊あたり600~1000円でどこでも行けるということです。

これは有り難い。


スコットランドのこの北の地方はいわゆるハイランド地方と言われるところで緩やかな山を想像していたのですが、それはもちろんのこと海岸には所々に白砂の「一体ここは何処??」という素晴らしいビーチが点在し、人影もまばらで一日中何もせず、ビールを飲みつつ、新聞や本を読んだりしてゴロゴロ過ごしたりしておりました。

レがしたかったんだよ、と独り頷きつつ平和なひとときでした。

中でもDURNESSという村は海岸が平和でキレイで気に入り、3日間滞在しました。

いて5キロほどの岬まで行くと紺碧の海が広がり、その岸壁には海鳥の巣が沢山あり、バードウオッチングを楽しめます。

ここには「英国本島最北部」というゴルフ場があり、夕方17:00からは割引料金なので17:00から21:40頃まで独りでバッグを担いで1.8ラウンドしました。

気取らず気さくなゴルフ場で、「正直箱」に名前を書いた封筒にプレー料金10ポンドを入れてあとは好きなだけ回るというもので、コースは最上級とは言い難いながらも景色もよく、十分楽しめました。



この辺は北緯59度(推定)、日没は22:30ながらその後24時を過ぎても薄ら明るく、そのまま4時頃には日が昇るといった具合で「準白夜」を体験しました。

にテントで風が強いながらも晴れた日は風の音で夜中に起きてテントの外を覗くと夜中なのに明るいという、「ハテ、飲みすぎたかしらん」と不安になることもシバシバ。

旅ではニュージーランド、オーストラリア、南アフリカなどから来たという人と話す機会がありましたが、皆様お国言葉(お国訛り)で時々何を言っているのかサッパリ分からなくなります。

同じ英語でもこんなに違うとはオドロキです。

英語目的で海外留学したいと考える場合は行き先の選定がとても大切な気がしました。

見かける外国のナンバープレートは例外なく「ドイツ」「オランダ」の2カ国で、普段良く見かけるフランス、イタリア、スペインのナンバーは皆無だったのも印象的でした。

南ヨーロッパの人にはやはりここは遠すぎるのでしょう。

一週間はアッという間に過ぎそうで、「そろそろ帰るか」とヨークを目指しつつ、有名庭園があれば立ち寄り、ウイスキーの蒸留場があれば見学し、美味しそうなフィッシュアンドチップス屋があれば食し、としている中で、スコットランドの東海岸を走っているとゴルフ場の看板を見つけ、値段が折り合えばと思いズカズカとキャ
ディーマスターのところに押しかけ聞きました。

それはおばさんで、「ここはヴィジターOKなの?」と聞くと「ええ、でもハンディキャップの提示をお願いしています」と言います。

「なんか敷居高そー」と少々おじけつつも、会話が途切れてはイカンと思い「ってことはハンディを証明しないと回れないんだ」というと「オフコース」と一言。

なんか高慢な態度にムッとし、また来ますとそこを離れました。

後になって、さる観光案内所で「スコットランド・ベスト20ゴルフ場」という本を立ち読みしたら、ナント「第3位」。

1位はセントアンドリュース、2位が昨年のTHE OPEN開催地ミューフィールドですから、立ち読みしつつ赤面しましたね。

様子を聞くだけとは言いつつも短パン、サンダルでキャディマスターのところに押しかけた訳ですから。

「無知とは恐るべし」と。

因みにそれでも1ラウンドが70ポンドらしいですから、日本のゴルフ場に比べればなんてことはないですネ。

更に因みに「値段が折り合えば」と僕が言ったのは「10ポンド前後」を指しており、遥かに及びませんが。

そんな訳で6泊7日でトータル2500キロを走破し、昨晩無事に帰ってまいりました。

このテントを使った安上がり英国を見て回る旅は季節が良く、学校も終わり時間が自由な今が「旬」ですので、これに留まることなく来週は出来れば「湖水地方」に繰り出すか、と思案中です。

そんな夏休みの幕開けです。

結局大家との交渉が成立し、ここヨークには7月末まで滞在することになりました。

荷造りも徐々に始めねばなりません。

解き放たれた犬のように遊び始めた一方で、冷凍庫を点検したところ、冷凍保存した「ご飯」「カレー」「マーボー豆腐」「野菜」「ひき肉」などがゴソゴソと出てきて、これを配分よろしく7月末までに処分していかないとなりません。

食費が浮いて助かりますが、なにやら「骨を埋めて大満足し、あとでそれをサッパリ忘れてしまった犬」のような気分です。

それでは、また。


添付の写真は
1.DURNESSの海
2.準白夜、24:30
3.我が寝床
デス。