どうして「スバラシキ英国園芸ノススメ」なのか

ちょっと読んで 「あんまり面白くないなぁ」 と思った方。
騙されたと思ってしばしお付き合い下さい。

7年間の英国留学中にしたためたメールは300を越えました。
そしてこれが 「尻上がり的」 に面白くなっていくのです。

当初の初々しい苦学生の姿から、徐々に英国に馴染んでいく様子は100%ノンフィクションのリアルストーリー。

「スバラシキ英国園芸ノススメ」の旅はまだ始まったばかりです。

2013年3月22日金曜日

2002年07月22日 「131th the open」




第131回全英オープンゴルフがスコットランドのミュアフィールドでありました。

英国に来て以来、毎年見に行っている自分としては恒例行事となり、今回が3回目になります。

一昨年は2日間現地観戦し、1晩野宿。

昨年は4日間現地観戦し2晩車で寝て、1晩ホテル。

今年は少々作戦を変えて、現地へは1日だけとしました。

これは、入場料が結構高いこと、終日観戦すると随分と消耗すること、といった経済的にも肉体的にも負担が大きいことがあげられます。

そして朝から晩までひたすら忍耐強く良い場所を確保してトイレも我慢してストイックに観戦したところで所詮はTV中継が1番良い場所で見れるというのは、いかんともしがたい事実。

そこで今年は初日(木曜日)は夜TVにてダイジェスト観戦、2日目は休みをとって朝からBBCで完全中継されるTVを9時から19時半まで10時間半TV観戦、3日目は現地に足を運び観戦、最終日はTVで仕上げる、といったプラン。

現地へ足を運ぶというのは英国に折角いるのだから、その機会を活かさないテはない、という理由からですが、それだけのことはあって会場の雰囲気、そして何といっても世界のトップランカーたちが自分の目の前でプレーするというのはまさに夢のようです。

今年行って良かったと思ったのは「グレッグ・ノーマン」を生で見れたことでしょうか。

これまでの2大会では見なかったので、生を見て改めてスイングの早さにビックリでした。

帽子からはみ出た金髪といい、独特の雰囲気を持っていてカッコ良いっ! !さすがシャークとホレボレしておりました。

この雰囲気を持っているというのはスター選手にのみ備わっているものなのでしょう。

今回プレー・オフにもつれたアーニー・エルス以外の3人は、ここまで残る実力はあっても、その「雰囲気」という後光は全くさしていなかった気がします。

僕がミュアフィールドに見に行ったのは土曜日です。

植物園の温室の責任者ロブが一緒に行きたいというので、この日は深夜2時に彼の家に迎えに行き2:30にケンブリッジをでました。

ケンブリッジからミュアフィールドまで片道350マイル(約560キロ)、現地の駐車場に車を停めたのは出発からキッカリ6時間後の朝8時半でした。

この日は生憎の天気で、朝は小雨程度でしたが、徐々に天候は崩れていきました。

ロブと相談した結果、7番グリーン横の「やぐら」であれば7番のパット、8番のティーショット、はたまた双眼鏡で6番グリーン、11番のフェアウエーが見れるということで10時から席を確保してその場所で17時半まで7時間半粘ったのでした。

しかし、この日の天気は最悪で、コレが7月か?という位気温が下がり、雨が殴りつけるように横から降りつけ、強風が吹き荒れるといった具合です。

15時頃に、あまりの寒さでロブに「天気の回復の兆しも無いし、そろそろ退散しない?」とギブアップのサインを送ったのですが、「イヤ、オレは初めての経験で大変興奮していて、何としても最終組まで見届けたいのだ」と言うので、それに従わざるをえなくなりました。

寒かろう、天気はスコットランドだけにアテにならなかろう、と想定し、用意したシャツ、ラグビージャージ、フリース、そして上下のゴアテックスの雨具を着込み、更にフリースの手袋、帽子を使っても!!・・・・寒くて、寒くてツライ観戦となってしまいました。

いでたちは「ゴルフ観戦」というよりむしろ「スキーもしくはスノボ」といったところです。

吐く息は白く、なんとも季節感を欠いた状況に。

その日の荒天はやはり少々異常だったらしく、かのタイガー・ウッズもプロデビュー以来の自己最低スコア「81」を叩き、双眼鏡で覗いた丸山茂樹の手にはオレンジ色のホカロンが見えるほど。

17時半にやっとのことで最終組、エルスと丸山が通過していくと、ロブと二人して震えながら車に戻り、暖房全開でしばし放心状態でした。

手は寒さの為か、小指と薬指がしびれるというか感覚が麻痺していました。

しかし、スコットランド人はこういうのに慣れているのか、中には傘もささずびしょ濡れになりつつ、何事でもないようにジッと観戦しているツワモノモがいたり、ゴルフ好きの彼氏に誘われて来ちゃったの的な女のコの足元がサンダルだったり、短パンのお兄さんがいたり、同じ人間でこうも違うのは不思議、と感心するやら、呆れるやらでした。

18時にゴルフ場を後にし、途中近所の街で食事をして再び350マイルの道のりをひたすら南下し、ケンブリッジに戻ったのは深夜1過ぎでした。

まあ、植物園の連中からはスコットランド日帰り観戦について「クレイジー」「自殺行為」と言われていましたが、事故もなく無事に帰ってこれたのは何よりでした。

2013年3月13日水曜日

2002年06月24日 「夢のあと」



ワールド・カップ、すごい盛り上りですね。

開催国ともなると、それは格別だと思いますし、日本が決勝トーナメントに出たとなると、その過熱ぶりも想像に難くありません。

しかし・・・、今や日本も、イングランドも姿を消してしまいました。

こちらでは、それまでは「9月11日」以降のアメリカかっ?!という位、家の軒からはイングランド国旗が垂れ下がり、車にはミニ国旗が飾られ、それはスゴイ盛り上りでした。

ただ、日本との時差の関係で、TVの中継時間が朝7時半、昼12時半と何とも盛り上りにくい時間帯であったことは、イギリス人の不満であったようです。

この前の金曜日はブラジル×イングランドの試合がこちらの午前7時半からあり、勝手に3連休にしちゃったツワモノもかなりいたようで、午前中は試合でヒッソリ、午後は敗戦ニュースでヒッソリ、と普通じゃあなかったです。

イングランドの敗戦はGKのシーマン選手のミスと見なす意見が多く、新聞などでは「シーマンのヘアスタイル(ポニーテール)を嫌い、マゲを落とす人が絶えない」などと冗談のような記事も目にしたりします。
僕自身は冷静に傍観していたという感じでしょうか。

①そもそもサッカー・ファンではない
②ラグビーのワールドカップで悔しい思いをした
③TVがあろうことか先々週の金曜日に壊れた
というあたりが理由です。

それでも、ダイジェストなんかで日本の躍進振りを見たりするにつけ、多少の興奮は覚えましたが。

理由その②は解説が必要で、1999年にイギリスでラグビーのワールドカップがあり、僕は昼の「日本×西サモア」という試合をウエールズまで見にいってました。

その日の夕方に「ニュージーランド×どこか」の試合があり、これは見逃せないっ!!と力んだものの、当時僕はTVを持っておらず、観戦するとすれば最寄のパブでと思いつき、まさに車をぶっ飛ばしてウエールズからヨークに舞い戻りました。

大型スクリーンのあるパブに着くと、既に多くの人が集まりビール片手に相当盛り上っています。

よっしゃーと僕もビールを片手に中継時間を待ちました。
そして、中継時間にTVに移ったものは・・・・・

「サッカー」ですよ。

ラグビーは「ワールドカップ」ですよ。

そのサッカーは普通の通常のただの「サッカー」ですよ。

一気に力が抜けましたね。

しかし、店を変えると言ったってアテもなく、よしんばあったとて車で20分とかです。

諦めかけたそのときに皆が大型スクリーンに向かう、まったく逆の方向に小さなTVがついていて、そこに「ニュージーランド×なんとか」が映っているのを発見。

「おおっ」とその画面にかぶりつきましたが、その店内で僕一人だけが皆と逆の方向を向いて、音声すら流れないラグビーを見る、という辛酸をなめたのでした。


そもそもイングランドではサッカーが圧倒的な人気でラグビーはボチボチ。

サッカーは庶民向け、ラグビーは少々インテリ向けという暗黙の仕切りがあり、圧倒的に労働階級が多い訳ですから、どこでもサッカー、サッカーとなる訳です。

これがウエールズに行くと、インテリ×庶民、ブルーカラー×ホワイトカラーという仕切りではなく「ラグビーは信仰」となります。

ここが大きな違い!!

よって、ウエールズではサッカーなんか流してるパブはほぼ皆無で、ラグビーの試合さえあれば「ラグビー」となります。

何が言いたいかというと、ラグビーのワールドカップでそんな思いをしたので、「誰がサッカー如きのワールドカップ如きに熱如きをいれられようか如き」ということです。

まあ、屈折してるのは承知なんスけどね。でも、普段サッカーって言ってるわけでもないのにいきなり「サッカー・ファン」にはなれませんもの、やっぱり。

そもそも「オフサイド」を知らないんスから。
にわかファンを気取るのもはばかれる気がします。

理由③もこれはとんだハプニングです。

金曜日、夕食後ノンビリとTVを見ていたら「ブツッ」という変な音がした後、にわかに焦げ臭い香りがたち込めました。

それ以来、ウンともスンともで、今度修理屋に持って行かねばなりません。
当然金が掛かりますし、最悪の場合TVを諦めるか、新調するしかありません。(このケースが濃厚と読んでいますが)

ベッカム人気は日本でスゴイらしいですね。
確かにカッチョええです。
ベッカムブームが起きるあたり、いかにも日本、頷くことしきりです。

しかし、日本のサッカーを見ていて、首を傾げちゃったのは、どーして皆普通の髪じゃあないのか、ということ。

茶、金、赤・・・とまあカラフルで、何かヘンでしたね。

見慣れないせいか、かなり違和感がありました。

あと、周囲のイギリス人から必ず聞かれるのは、「何で日本人がイングランドのユニフォーム着て、イングランドの国旗を振って、顔にイングランドのペイントをしてまで、応援してるの?」ということです。

「ごもっとも」という感じで、これの逆はありえませんもの。

「お祭り気分なんじゃないの?楽しきゃイイのって国民性は確かにあるし」と答えていますが、どうなんでしょうか。

開催前はまだまだ先の話と思っていたワールド・カップ。もう終わりが近くなりました。

個人的な次なるビッグなスポーツイベントは、今年もやってきました「THE OPEN」で、今年は現地へは1日だけ。

ケンブリッジ⇔スコットランド日帰り強行作戦を練っています。

それでは、また。

2013年3月6日水曜日

カモ親子




御無沙汰しております。

いつの間にやら既に6月に突入しました。

今世間のもっぱらの話題は何と言っても「ワールド・カップ」でしょうか。

当地は日本との時差の関係でTV中継が午前中、もしくはお昼過ぎとなるためにパブでビールを飲みつつ仕事を気にせずに盛り上る、という環境ではないながらも、それなりの盛り上りを見せています。

今日はイングランドVSアルゼンチンの試合があり、報道によると5人に1人が仕事を休んでTV観戦したのだとか。

中継は昼12:30からで、僕は昼休みの間だけTVを見ました。

植物園でも半休をとる者が数人いて、それを見た責任者が特別に「一時間休」をとっても良いということになりました。

これは昼休みと、この一時間休をくっつけるとTV中継を全て見れるという計らいで、その一時間分はセクションのリーダーと打ち合わせた上でどこかで穴埋めれば良い、というもの。

ここぞ、という輩が続出し、午後は静かな植物園でした。

僕は昼休み中の前半にイングランドが得点した所を見て、仕事に戻りましたが、まあそんな程度で十分です。

夜にはハイライト、ダイジェストなどが目白押しなので、何も無理しなくてもと思ってしまいます。

夜7時頃のニュースで「では、現地の××レポーターを呼んでみましょう」といって元気そうにTVに移る日本に出張中のイギリス人レポーター。

しかし、こちらの夜7時は日本の午前3時ですよ。日中は取材、明け方まで本国へのTV中継に付き合って、さぞや大変だろうと同情してしまいます。

別の話題としては、恐らく日本にはあまり伝わらなかったかもしれませんが、先週末は女王陛下の即位50周年記念で世間は土~火までの4連休。

毎日、記念コンサート、イベントなどがあり、国内は大変な盛り上りでした。

特に月曜にあったバッキンガム宮殿での記念ポップコンサートでは、往年のイギリス・ポップスの大御所がゾクゾクと出てきて、特にエリック・クラプトンとクイーンのギタリスト、ブライアン・メイがギターを弾き、フィル・コリンズがドラムを叩き、ポール・マッカートニーがキーボードを弾きつつ歌うなんてのを見ると、もう言葉も出ない、シビレ具合です。

これらのイベントを見ていて思ったのは、英国王室は日本の皇室に比べ庶民に身近な印象を持ちました。

天皇即位記念コンサートがあったとして、皇居を使って、宇多田ヒカルや浜崎あゆみが歌うことはあまり現実的ではないですし。

さて、題名の「カモ親子」ですが、5月中旬頃にここそこに見かけるカモの出産(というか産卵→孵化)シーズンだったようで、あちこちで可愛らしいカモ親子を見かけるようになりました。

植物園内にも何組かの親子がいるのですが、その中の1組は人見知りもせずにエサを求めて園内を闊歩して、いわば園内のアイドルのような存在になりました。

しかし。

この親子、生まれた時は11羽の子カモがいたはずなのに11→8→6→4→3と徐々にその数が減っていき、現在はたった3羽の子カモとなってしまいました。

これが自然界のオキテというものなのでしょうか。カラス、キツネ、ネコなど天敵が多くその数が減っていくことは必然ながらも、今日も元気にエサを求めて行進する親子を見ながら、世の無常を感じずにはいられないのでした。

そんな訳で、ケンブリッジ生活も残り3ヶ月を切ってしまいました。

一抹の寂しさを禁じえない一方、やることが多くて地に足がつかない毎日です。

日本は梅雨間近で鬱陶しい天候でしょうか。

どうぞお元気で。

ではまた。

2013年2月18日月曜日

2002年05月6日 「ままならぬお家探し」


ゴールデン・ウィークも終盤。如何お過ごしでしょうか?

さて、私としてはこの週末は金曜日に休みをとり、金、土と2日間ヨークに出掛け、9月からの宿探しをしておりました。

これ、なかなか思ったようにいかずかなり気持ちがブルーになりました。

1年目のようにキャンパス内の寮に入るのは容易いのですが、ここは若者が多い分騒がしく少々辟易しておりました。

更に値段がその分格安ならまだしも、結構な値段がするので、それなら街で部屋を借りた方がよかろうという計算です。

ついては幾つかの条件をもって部屋探しに臨んだのですが、その第一条件は安いこと。

現在のケンブリッジが毎月ザッと5万(光熱費、雑費抜き)ですので、それよりも安く。

そして、なんといっても譲れないのが「暖かい」こと。

もう2年間のケンブリッジの寒い、湿っぽい暮らしにはホトホト嫌気がさしていましたので、「セントラル・ヒーティング」のある部屋。

これを元にあまり贅沢はいえない部屋探しをはじめました。

街の不動産屋は高いので、ヨーク大学のつてから学生向けの宿のリストを入手し、片っ端から電話しました。

当初は、「駐車場がないからダメ」とか、「立地が良くないからダメ」などとマーカーペンで見当をつけていたのですが、イザ電話をして大家さんに面談を申し込もうとしても、そのほとんどが「4部屋4人向け」などという表示で、大家さんとしては個々に貸すのではなくて、一軒を丸ごとグループに貸そうとしているケースばかりで、「独りなんですが・・・・」と言ったとたんに断られるケースがほとんどで、選り好みしている場合じゃあないと悟り、片っ端からの電話作戦となった訳です。

日中の連絡先しかない先なんかもあったりして、もう植物園も半日休ませてもらっての集中架電作戦です。

そのような交渉は当然全て英語なのですが、見も知らぬ人にいきなり電話をかけて自分の事情を 分かってもらって、面談にこぎつけるというのは本当にストレスでした。

6時間以上電話を掛け続けている最中に、フト銀行員時代のボーナス時期の電話勧誘のことなど思い出しておりました。

そんなことを経て、金曜日に4件5物件、土曜日に3件3物件の予約をとりつけました。

しかし!!イザ物件を見てみると、自分の理想からはかけ離れたものがほとんどで、気持ちがどんどんと沈んでいきます。

若いドラ息子とその友人が住む荒れ放題の家の一部屋だったり、モノ凄くクセのありそうな大家さんと同居だったり、物件は素晴らしく平和な田舎の村にあり環境は抜群といえるが、村にはパブはおろか店も一軒もなく、バス停まで歩いて15分、ヨークの街からは20キロ離れているとか、部屋が恐ろしく狭いとか・・・・。


初日にあまりに強烈な体験をしたため、金曜日の夜は悲しくなり、思わず枕が涙で濡れそうでした。

そして、ケンブリッジの自分のショボい部屋が何となく素晴らしい部屋に思えてきました。

そんな中、2日目の2件目に「これだっ!!」という物件に巡り会えることができました。

これもグループ貸しが前提の大家さんを口説いて面談にこぎつけた先だったのですが、実際に見て全ての面において現状(ケンブリッジ)を上回ると思え、大家さんに「スグにでも契約したいのですが」とすがりました。

しかし、ひとつ気になるのは契約期間が「2002年7月1日~2003年6月30日」となっていることです。

当然来年の6月末には出なきゃならないでしょうし、実際の入居は9月1日ながら家賃は7月から払わなければならないことです。

まあ、とりあえず肝心なのは契約することで、その後のことはまたゆっくり考えようという楽天作戦です。

これをケンブリッジに戻って隣の部屋のビル君に話したら「7月から週末の別荘が出来たってことじゃん」となんとも他人事のお気楽なことを申しておりましたが。

そんな訳で何とか9月からの住処が見つかりそうです。

4人のグループというところに割り込んだので、他の3人がどういう人達になるのかは大変興味のあるところです。

基本的にヨーク大学の学生を対象にしているので、ひょっとするとヨーク大学の女子大生3人組ということもあるかもしれません。
そうしたら、オジさん困っちゃウ。

そんな脳天気なことを言いつつも金曜日の夜、本当にあわや枕が涙で濡れそうになったのは宿探しが難航したことよりも、むしろ「8月でケンブリッジを去るのか」という、もともと分かり切ったことが俄然現実味を帯びてきたことです。


年前の9月にヨークから引っ越してきた時は、ヨークが恋しくて、ケンブリッジなんて・・・などと思っていましたが2年近く暮らす内に友人、知人が増え、行きつけのパン屋、パブ、新聞屋など街にも馴染んできて、とても快適な暮らしをしていることに改めて気付いた次第です。

まあ、英国滞在全てを含め、この生活は永遠には続かないとは分かっていても、これだけ愛着のわいたケンブリッジから引っ越すのか、と思うとなんともセンチメンタルな気分です。

当地は明日月曜日はバンク・ホリデーといって国民の休日にあたっており、世間は3連休です。

が、そんなセンチメンタルな気分を味わった矢先、早く植物園にいって皆に会いたいものだ、とヘンな感じです。

5月の連休の頃は季節も良く気持ちの良い日が続くのではないかと思います。

どうぞ、楽しい連休をお過ごし下さい。



2013年2月8日金曜日

2002年05月06日 「パンドラの匣」


ラスベガスで「カジノ」というパンドラの匣をあけてしまいました。

アムステルダムでは「大麻」というパンドラの匣はあけずに踏みとどまりました。

そして、今日。
新たなパンドラの匣をあけてしまいました。

それは・・・・、「競馬」です。

競馬に詳しい方なら御存知のように、世界中に知られた競走馬の産地「ニューマーケット」の名前を聞いたことがあるでしょう。

これはケンブリッジのほぼ隣街で、ここで本日開催された「クラシック・レース」にアパートの隣人ビル君とその友人4人を含め計6人で繰出しました。

なんでも、このレース英国でも格式の高さではダントツなのだそうで、「何事も経験!」と、競馬には全く関心も知識もないにも係わらず誘われてホイホイとついていっ た訳です。

以前からイギリスの競馬は社交的で、日本の赤鉛筆を耳に挟んだ雰囲気とは違うと聞いていたので、一度は行ってみたいと思っていたところでした。

現にビル君と朝、 スーパーにワイン、チーズ、ハム、パンなどを買い出しにいって、競馬場の近くでレースが始まるまでの間、ピクニックをしよう、と画策しておりました。

しかし、先週はなかなか良い天気だったのに、今日は時折小雨混じりの風の強い日で、気温も全く上がらず、震えながら買ってきたものをさして味わう余裕もなくとりあえず胃袋に納め、レースに臨みました。

会場は大変な熱気で、やはりドレスアップした人もチラホラと見掛けます。漫画からでてきたみたいに、大きな帽子をかぶって、手袋をはめた貴婦人なんかもソゾロと歩 いていたりして、「イギリスじゃーん」等と変に感心したりしていました。

レースは14:00の第一レースから17:20の第七レースまでの計7レース。

ナント、全7レース全て馬券を買い続け、最初から最後まで堪能してしまいました。



というのは、第二レースで3ポンドで買った単勝馬券が当たり51ポンドを獲得したためで、その後の展開が楽になり小さな出入りを繰り返し、最終的にはトントンで終わりました。



アタクシはどうやら「勝つ」ようには出来ていないようです。

まあ、馬券を買うといったところで、大した策があるわけでもなく、単に名前が良いからといった程度で買うだけで、当たれば「マグレ」、はずれれば「当然」といったところでしょうか。

東洋から来たわたくしとしましては「LOOK EAST」という馬名を発見し、5ポンド買ったところ「勝てば630ポンド」という高配当が判明し、一瞬 めまいがし、相当興奮しましたが当然の如くただの紙切れとなりました。

ビルが言うように、天気さえ良ければ芝でゴロゴロしながらワインやビールを飲みつつ観戦となるのですが、今回は寒すぎてそれどころではありません。

しかし、目の前を馬が疾走していくというのは何とも迫力があり、昨年ビルとロンドンで見た「やぶさめ」ともども、馬って良いなぁと感動しました。

そして、この度決まりかけているヨークの自分のアパートから「ヨーク競馬場」はなんと、徒歩5分という立地条件です。

ヨークでも年に何回かレースが行われ、かなりの賑わいを見せるのですが、これは行かないテはないだろう、と思ってしまいます。

ビル君も、レースの時は行くから泊めてくれと今から言っていて、ケンブリッジの友情、なかなか強いつながりの気配です。



2013年2月3日日曜日

2002年04月10日 「アムステルダムのことなど」



行ってきました、オランダ、アムステルダム。

なかなか良い旅、そして色んな意味で事前の想像を超える街でした。

「フロリアード2002を見る」「キューケンホフ公園でチューリップを見る」「ゴッホ美術館で3枚のひまわりを見る」という当初の目的は全て達成してきました。

たった2泊3日の出来事ですので、ここは一つ時系列的に旅を追ってみようかと思います。

出発は土曜日の午前3時10分のバスに乗るところから始まります。

使用飛行場はスタンステッド空港といってケンブリッジからはバスで50分という便利な所にあり、欧州向け格安飛行機が主に離発着するところです。

飛行機は7:20発。

その為のチェックインを2時間前の5:20にしようと思うと、時間が時間だけにこんなベラボウに早い時間となるのです。

ともあれ予定していた飛行時間60分よりも10分早くオランダに舞い降り、改めて近い国だと思い知りました。

事前調査で空港からフロリアード会場までのバスが出ていることは分かっていたので、荷物も少ないことなのでそのまま直行しました。



しかし、この日はこの6ヶ月にわたる花博の開催初日にあたっており、コンピューターシステムの不具合とやらで発券システムがうまく起動せず、チケット売り場にはイライラした人達の長蛇の列が。

もちろん日本人も沢山いました。

恐らくツアーを組んでやってきたのでしょう、僕の数人前にそのツアー・コンダクターが「これではキツキツの日程が更にキツキツに・・・」と焦燥と苛立ちの表情で列に加わっていました。

いざ入場するにも、買った券を改札機に入れてそれをコンピューターが識別して・・・となるはずが、そんなものは全く役に立たず、脇の非常用通路から入っていきます。

入って、しばらく歩いて、気がついたのですが、とてつもなく「寒い」のです。

天気は上々で快晴なのですが、風が強く気温が低く、恐らく2、3度でしょうか。

リュックの中から着れるもの全て引っ張り出して着てみましたがどうにもいけません。

首をすぼめながらの視察となりました。

そして、更にしばらく歩いて気がついたのですが、このフロリアード、とてつもなく「つまらない」のです。

これ、大問題です。

「10年に1度」「園芸王国オランダ会場」とか煽るわりにサッパリです。

♪なーんでか。(こうやってギターひいてるオジさんいましたね)

自分が思うに、

1.ショーの目的、コンセプトがハッキリしていない。
 一応、feel the art of nature とそれらしいタイトルは掲げてあるのですが、なんとも曖昧。
 園芸なのか、農業なのか、環境問題なのか、家族憩いスペースなのか・・・

2.ハコ(会場)が中味に比して大きすぎて、無駄が多い

3.砂を大量に運び込んで作ったというピラミッド(高さ100フィートですから約30メートルですか)にも登ってみても何がある訳でもなく、そしてこれが果たして博の趣旨とどう関係があるのか

4.一番いただけないのが、展示物などの解説のほとんどがオランダ語を押し通していること。
 ナンダこれは?と解説に目をやるもサッパリ分からずで、世界中からの来場を見込んでいるんでしょうから、もうちょっとナントカして欲しい

5.細かくは、トイレの設置場所が少なすぎ、階段の勾配がきつすぎ且つ幅が狭すぎ、売店が日本の温泉街のお土産屋のよう、パンフレット類が貧弱・・・・

とまあ、あまり良いことはありませんでした

それでも14時頃まで一通り見学して、次の目的地「ゴッホ美術館」へ。

これは、いつだかの朝日新聞のインターネット版を見ていたら、「3枚のひまわりが1ヶ所に集まるのは初めてのこと」とあり、なんとなく見てみたいと思っていたのですが、着いてビックリ、物凄い長蛇の列が美術館の回りに出来ており、そのままUターンしてきてしまいました。

これには後日談があり、手持ちのガイドブックによると美術館は18時までとあり、諦めたのですが翌日改めてダメ元でいってみると、列は解消されているのに加えて開館時間は金、土、日は21時までと知りノンビリと出来ました。

日本語による音声ガイドも無料で、フムフムと頷きつつジックリと見れました・・・・。

とここまで書いたところで、フト、この調子でダラダラ書くのもセンスがないような気もし、読むほうも疲れるのでは、と思い一旦筆をおくこととしますが、どうでしょうか。

前半(といっても初日の夕方までしかきていませんが)終了ということで。
頭を冷やして、後半をお送りいたします。





2013年1月14日月曜日

お詫び

御無沙汰しております。

しばし更新ができておらず申し訳ありません。

このブログは過去に書いたメールをもとにアップしていますが、現在事情があって過去のデータが滞っております。

現在、復旧作業中ですが、また近々に再開できるものと思います。

しばしの休載ご容赦ください。