どうして「スバラシキ英国園芸ノススメ」なのか

ちょっと読んで 「あんまり面白くないなぁ」 と思った方。
騙されたと思ってしばしお付き合い下さい。

7年間の英国留学中にしたためたメールは300を越えました。
そしてこれが 「尻上がり的」 に面白くなっていくのです。

当初の初々しい苦学生の姿から、徐々に英国に馴染んでいく様子は100%ノンフィクションのリアルストーリー。

「スバラシキ英国園芸ノススメ」の旅はまだ始まったばかりです。

2014年9月23日火曜日

2004年04月06日 「近況~2004年4月」

大変ご無沙汰をしておりました。

元気でお過ごしでしょうか。

申すまでもなく、今は4月。

春爛漫。

先週、時計の針を一時間進めて、サマータイムに突入して本格的に良い季節になってきました。

さて、何をしていたかというと、マア大したことはないのですが、それでも学生らしくレポート、試験などに追われてアッという間に数ヶ月が経っていたという次第。

レポートはpropagation(辞書をひくと植物の繁殖となりますが、ちょっとシックリこないカンジ)に関するプロジェクトで、ワタクシは「ヤドリギ」という風変わりな植物を研究しておりました。

これが始めてみるとナカナカ面白くて、本、インターネットなどで世間に普及している一般的な繁殖方法は分かっていたのですが、人づてに色んな情報を収集していると、ナントこれまでに全く前例のない方法で、しかもかなりの成功率で、繁殖を可能にしたオジサンに出会うことが出来て、この画期的な方法を織り込みつつヒーヒー言いながらレポートを仕上げたのでした。

自分が採取してきたヤドリギが発芽したところ

ヒーヒーというのは本当で、所詮ワタクシの英語表現力などはタカが知れていて、例えば「この画期的方法はコロンブスの卵的発見ナリ」などと言おうとしても、そんな表現は辞書になく、英国人に意味を説明して「で、このコロンブスの卵って何て言えばいいの?」と聞いてもそんなのはないと言われる始末。

頭の中にナイスなアイディアが沸いてきて、「ヨシッ!!この線でいくゾ」とイザパソコンに向かうといきなり5歳児の感想文的になってしまうのにはホトホトイヤになりました。

平行して2週間毎にある、植物同定試験(全てラテン語)も準備が十分に出来ないこともシバシバで、慌てて試験前日に「ヨシッ!何事も気合ダ。気合が全てなのダ。」と机に向かい、デジカメで撮った植物の写真とその名札の写真を交互に見ながら指が折れるほど書いて書いて書きまくって、なんとか40個の植物名(科・属・種・品種)をラテン語で詰め込み試験に臨み、「今度からはもっと早くから準備しなきゃね・・・」と毎回同じ反省を繰り返すばかり。

学名は避けて通れない茨の道


この手の記憶モノは、不惑目前の硬くなった脳味噌にはかなりキビシイものがあります。

しかもラテン語はなんら普段の生活に接点がないので、もう理屈じゃなく語呂合わせなどを駆使したゴリ押し式です。

その一日で40個全てを詰め込んだ日は、頭から湯気が出ていた(多分)ですし、こぼれ落ちないように「禁酒」までしました。

このキュー・ディプロマというコースは1年=12ヶ月のうち9ヶ月は植物園で実習を通じ学び、3ヶ月は朝から晩まで学校で講義があるというもので、この4月からの3ヶ月がこの1年生の授業期間になります。

「土壌学」「植物分類学」「植物解剖学」「植物形態学」「植物構造学」「遺伝」「デザイン」・・・・などなどを学ぶのですが、見てのとおり「生物」の授業のような内容で、これまで英国に来てから学んできたものを更に詳しく、深く学ぶことになります。

毎度頭が痛いのが専門用語で、「分裂組織の細胞は小型で液胞がなく、核が大きく細胞壁が薄い」なんてのを全て英語で言われると、もはや訳すことは意味がなく、そのまんま理解するしかないですね。

だってそもそも高校時代からこの課目は避けて生きてきたわけですから日本語で言われたところでなんの助けにもなりません。

付け加えていうなら、ワタクシの人生で5段階評価で最低の「1」を取ったのは後にも先にも高校時代の「遺伝」でした。

それをこの年になって英語でやり直すとは、人生とは摩訶不思議なものです。

まあ、3ヶ月間は「忍」の一文字です。

でも本当に季節は良くなりました。

薄手の上着で大丈夫ですし、日照時間もグーンと伸びて何処かに繰り出したい気分です。

植物も、スイセン、クロッカスなどは既に終了し、今はコブシ、モクレン、レンギョウなどでしょうか。

春、春、春

冬の間は控えてある芝刈り作業もあちこちで始まり、刈り込んだ
ばかりの芝の匂いを嗅いでいると、「ウーン、いい季節じゃ」と腕を組んで大きく頷きたくなります。

テント、寝袋を担いでの遠出は3ヶ月後のお楽しみにしておいて、目下自転車で近場を見て回っています。

近場と言ってもどうして捨てたものではなく、例えばリッチモンドという街にはリッチモンド・パークという1000万㎡の広大な公園があり、ここはその昔王室の狩猟場だったということで、鹿なんかも見かけます。

天気が良ければ、その横を流れるテームズ川のほとりにあるパブなどのテラスで一杯やるのもイイもんです。

現在、大家夫婦はフランスの別宅に行ってしまい、留守を任されている僕としては気楽に一人暮らしをエンジョイしております。

留守中は何時にトイレを流そうが関係ないですし、揚げ物、ニンニク料理なども気にせずバンバン料理して極楽ですね。

因みに昨日、一昨日と2連チャンでトンカツを揚げて、あまりの美味しさに絶句していたところです。

そんなこんなの春到来、英国風情です。

それでは、また。

2014年9月15日月曜日

2004年01月18日 「困った身近な問題」


冴えない天気、上がらない気温。

そんな中にも確実に日が伸びていくのが感じられ、季節は間違いなく良い方向に向かっていると思われます。

くだらないながらも真剣に悩む、そんな困った問題の話。

現在の住居はいわゆる下宿形式で、大家夫婦との共同生活です。

個室を与えられ、キッチン、シャワーは大家さんと一緒に使います。

慣れてきたとはいいつつも、そこは何かと気を遣ってしまいます。

例えば、ニンニクなどを使った料理をするときには出来る限り換気を心がけたり、夜遅く帰るときには音をなるべく立てないように忍び足にて自室に滑り込んだり、とマア常識的な範囲で気を遣うわけです。

僕は基本的に早起きの生活パターンを貫いており、大体5時半から6時の間に起きて勉強したり、朝ご飯を食べたり、お弁当を作ったりするのですが、そんな早朝に大家夫妻は起きているはずもなく、なるべく音を立てずにとコソコソしているのです。

朝起きるとまず何をするか?

そうです、おトイレに向かいますね。

用を足して、当然にして流す。

そんな当たり前の行為を繰り返していたある日。

トイレを流して、自室に戻った際、カベの奥から「キュルキュル、シュシュシュー」となにやら異音がします。

どうやらカベの中に水道パイプがあるらしく、そんな音がするようです。

当初、「ははーん、セントラル・ヒーティングのお湯が家中を駆け巡る音だな、さては。」などと思っていたのですが、実はこれはトイレを流したあとにトイレのタンクに水をためるために起きる異音であるとある日気付いてしまいました。

この異音、かなりのボリュームで敏感な人なら安眠を妨げられるに値するものです。

早朝、用を足したあとトイレで独り考え込んでしまいました。

今(5時半)流すよりは家をでる直前(7時半頃)に流すほうがいいのかも。

イヤイヤそんな用を足したまま流さないなんてイヤだわん。

もう葛藤の嵐です。

かのシェークスピアは、「To be, or not to be. That is the question.(生きるべきか、死すべきか。それが問題だ。)」とのたまわったらしいですが、タテバヤシは言いたい「To flush, or not to flush. That is the question.(流すべきか、流さぬべきか。それが問題だ。)」と。

どうです。

くだらない問題でしょ。

しかしかなり真面目な問題です。

タテバヤシ歳38にしてトイレについて悩んでおります。

2014年9月3日水曜日

2003年12月21日 「サクラ散る・・・」


英国では「HEALTH&SAFETY REGULATION」という規則があり、いわば安全衛生に関してかなりうるさくなっています。

園芸上は避けて通れない雑草駆除、病害虫駆除などの薬剤散布に関しても試験を受けて資格を持たなくては作業は出来ないことになっていて、この度、費用全て植物園持ちでこの資格の試験を受けました。

見よ、この真剣なまなざし



3日間の講義と実技を経て、半日掛かりで一人づつ試験を受けます。

よって試験は一日二人。

僕は3日目の午後。

それより前に受けた5人はことごとく合格し、準備も万端だった僕は自信満々で試験に臨みました。

試験とはいっても言わば運転免許のようなもので、常識的でさえあればマア問題なく受かるハズ。

前半は試験官が矢継ぎ早に理論についてアレコレと質問してきて、それをなんとかクリアし、今度は実際に長靴、専用のつなぎ、手袋をして擬似薬剤(水)の入ったタンクを背負って芝に薬剤を散布します。

これは与えられた場所の面積から、散布する薬剤の濃度、分量を正確に計算し、散布終了時にはタンクが「ほぼ」カラになってなくてはなりません。

芝には4本の細い竹が刺さって、散布するエリアを示しています。
例えば幅9メートルのエリアであれば1.5メートルの幅で散布しながら3往復すれば良いという訳。

問題は、散布し損ねた部分があったり、逆に2重散布する部分があってはならず、これを成し遂げるために1.5メートル間隔で竹の棒を目印に地面に刺していきます。

さて、実際にそのエリアに行ってみると・・・。

現在英国の日照時間は非常に短くなっており日没は16時前。
しかもあろうことか、当日は厚い霧が発生して目を凝らしても、25メートル先にある竹なんぞハッキリ見えやしないのです。

それでも我が良好なる視力(裸眼両目1.5)を信じ、霧の中をシューシューと薬剤散布の真似事をしつつ、突き進んだのでした。
おごれるもの久しからず。

最後の竹の棒を通過し、背中のタンクがほぼカラになり、勝利を確信した僕は得意満面で「終了しましたッ!!」と試験官に告げると、「ウーン、悪いが試験は不合格だよ」ですと。

「えっ?何でですか??」と尋ねると、竹の棒を一本見過ごして、一箇所に二重散布、その分一箇所には未散布という一番やってはいけないパターンをやらかしたとのこと。

がーーーーーーん。

「え、あの、その、霧でですね・・・。あの、そのもう一回やらせもらえませんでしょうか?是非、是非」

「良いけど同じ日の再受験は出来ないことになっているのだ」

ということで、ガックリし試験官と教室に戻り、事務的な書類のやり取りを済ませ、「理論合格。実技不合格。」という大して有難くもない書類を貰い家路に着いたのでした。

その晩はクラスメート全員が集まりクリスマス夕食会となっており、「不合格だった」と告げると「それウソでしょ、冗談でしょ」と取り合ってくれません。

でもホントに落ちたとようやく伝わったようで、笑う者、真剣に慰めてくれる者、など様々でしたが、僕としては笑ってもらったほうが有難かったかな。

3日間の講義期間中に教官が「この竹の棒を見誤って不合格になる人が毎年います」なんてのを聞いて「アホよのー。そんな大事なもん見誤るなっつーの」なーんてうそぶいていたのに。

そうです、そうなんです僕がそのアホなんですぅ。

日本で植木屋で修行をしていた頃。

この薬剤散布の手伝いをさせられたことがありますが、これはホントいい加減だったです。

今思えば。

僕がタンクを背負って親方がホースを持って梅の木などについたアブラムシなどに散布するのですが、風向き次第で目に入り「染みるなー」等と思っていたのですが、これは英国ではありえません。

着ていた紺色のティーシャツの薬剤が染みた部分だけ色が抜けていたりしましたから、かなり危ない橋を渡っていたのでしょう。

親方も、「時々気分が悪くなるんだよー」なんて言っていましたが、コレはいけません。

くだんの試験は再試験を翌週に受けて(快晴、霧なしの日)、合格しましたことを付け加えておきます。
では、また。

2014年8月11日月曜日

2003年12月07日 「クリスマス目前」 



9月にキューに引っ越してきて、ロンドンで銀行時代の元上司と元同期と3人で日本風居酒屋で飲んだときの事。

会計を済ませて店を出ようとした際、居酒屋の片隅にいたグループと元同期が親しげに話をしており、ついでに紹介をして貰いました。

それが、この度イラクでテロの犠牲になった奥審議官だったとは、その元同期からのメールで知りました。

元同期は慶大ラグビー部OB、奥さんは早大ラグビー部OBということで知り合いだったようで、僕もラグビーやってたんです、なんて話した気がします。

世の中の何と狭いことか。

それにしても、テロの犠牲になった奥さんの冥福を祈る次第です。

合掌。

現在当地は日の出07:51、日の入15:53と日照時間はザッと8時間ですか。

加えて英国独特の曇りがちな鬱陶しい天気が続き、なんともサエません。

今のところは、毎日植物園内で庭仕事に精を出す毎日で、かなりの「フィットネス」です。

毎晩飲まない日は無いと断言できるのも拘わらず、お蔭様でお腹も出ずに元気です。

週末の内一日は庭仕事のバイトも極力するようにしていますし、更に、来春のロンドンマラソンに申し込みをしたので、それに向けて一日置き位で走っております。
(毎日じゃあないところがなんともお気楽、極楽)

このロンドンマラソンはかなり競争が激しく、出場するには抽選に通らなくてはならず、只今結果待ちです。

折角ロンドンに住んでるのだから、記念に、と。

キューの横にはテームズ川が横たわり、この河畔をワッセワッセと走っています。

キュー・ガーデンも現在は通常16:15閉園のところ、12月は金曜日と土曜日に限って20:00まで開園し、各所クリスマス用にライトアップされた園内を、多くの人達が訪れ、クリスマス気分が徐々に盛り上がってきています。

僕は実は年内に2つの旅を画策しています。

ひとつめは来週2泊3日で、例のケンブリッジのジョンと二人でウィーンに行きます。

これは、デイリーテレグラフという新聞紙上でキャンペーンと称して格安セットを発見し、二人迷わず申し込みました。

なんでもこの時期は「クリスマス・マーケット」というのが開催され楽しいのだそう。

またまた二人の珍道中となること請け合いで、今から楽しみです。

そして、ふたつめは年越しになりますが、12月28日から1月3日までドイツのハンブルグに。

これはクラスメートの女の子の実家がある為で、宿泊費無料!!というので飛びつきました。

他のクラスメートも含め3人での旅ですが、女の子同士好きにさせて、僕はマイペースで初ドイツをタンノーしようという計画。

ウィーン、ハンブルグ共にドイツ語ですので、早速本屋で「ドイツ語教本」を買い込み練習を始めました。

不明な点、そしてチャンと発音が聞きたい場合はそのドイツ人
のクラスメートに聞けばチャンと教えてくれるので、勉強するいい機会です。

以前のフランス語はどうしたって??どうぞ武士の情け、聞かないで下さいまし。

(でも明らかにとっつき易さはフランス語の方が上で、ドイツ語は全てが新しいカンジです)

そんな12月模様です。

添付写真は昨晩撮ったキュー・ガーデンの代名詞的建物「パーム・ハウス」の夜景。

なかなかクリスマスしています。

それでは、また。

2014年8月2日土曜日

2006年11月23日 「タテバヤシ1週間」



15日(土)
大家がフランスに行き不在中の為、朝から居間でラグビーワールドカップを観戦。

オーストラリアVSニュージーランド、特にオーストラリアのレベルの高いディフェンスに感動を覚える。

昼から3年生のオーストラリア人、マルセラの紹介で隣町CHISWICKの邸宅の庭の手入れを始める。

時給ベリーグッドで、思わずにやける。

夜、クラスメートと映画を見に街に繰り出すが、生憎先週上映終了とのことで、そもままパブでビールを飲んで帰宅。

16日(日)
昨日同様居間でラグビー観戦。

週末恒例のパンケーキを作り胸焼けがするほど一人で食う。

自転車をかっ飛ばしロンドン中心地へ。

ピカデリーサーカス、リージェント・ストリート、コベント・ガーデンなど人ごみでごった返すなか、買い物をする。

来週末、2年生のドイツ人クリスティーンが主催するインターナショナル・パーティに持っていく「ちらし寿司」のモトを買うのが主な目的。

ついでにテイクアウェイのにぎり寿司とキリン一番搾りを店内で食す。

ウマイ。

すっかり日本食モードになってしまい、納豆とお刺身用サーモンを買い、晩ゴハンは納豆、刺身、梅干、味噌汁、ご飯と望郷メニュー。

就寝までの間は明日の針葉樹分類テストに備え激勉。

17日(月)
午後から雨が降る冴えない一日。

針葉樹分類テストは激勉の甲斐あってマズマズの出来。

夜は毎週月曜日にあるKEW相互勉強会にて、約100人の聴衆を前に日本の植木屋について地下足袋、手拭いなどの植木屋スタイルで説明をする。

このパフォーマンス、バカウケで来週も別内容でやることとなる。

18日(火)
夜は明日に控えたクラス・ミーティング(クラスでの話し合いを一年生用の宿舎で皆が集まり話合うもので、隔週毎。毎回シェフが選出されミーティング前に腹ごしらえをするというもの)に備え、日本のカレーを作る。

ハウス・バーモンドカレーを鍋に投入する際に思わず西城ヒデキ風に「リンゴとハチミツとろーり溶けてる・・・」と歌ってしまう。

自分の作ったカレーは明日用で、その晩はクラスメート、ローリー君の作った豚肉のハチミツとマスタード和えをご馳走になる。

19日(水)
再来週の分別テストの御題は「竹」。

セクションの責任者の説明で竹を見て回るが、どれも似ていて気が狂いそうになる。

夜のクラス・ミーティングでは、カレーはなかなか好評であった。

ミーティング後、韓国人のジューンにバリカンで床屋をしてもらいサッパリ。

彼女は僕の専属ヘアードレッサーで、ほぼ2週間に一度の頻度で面倒を見てくれる有難い奇特なやつ。

因みにバリカンは僕の「マイ・バリカン」。

深夜、大家夫妻が約2週間のフランス滞在から戻り、「タテバヤシ2週間天下」が終了する。

20日(木)
クラスメートのドイツ人、イリーナのお姉さんが約1週間遊びに来て、食事を作るから食べに来て、というので他のクラスメート共々ご馳走にあずかる。

ニシンのマリネ、玉ねぎ、リンゴ、きゅうりのピックルスなどをヨーグルトで和えたものをジャガイモというドイツ料理はなかなかユニーク。

ニシンの生っぽい食感がまたしても望郷心をくすぐる。

21日(金)
毎週金曜日は三々五々パブに集うことになっており、普段は1~2時間でお開きになるのだが、どういう訳かこの日は皆のノリが良くついつい深酒をしてしまう。

22日(土)
ヨークの学校のガーデンデザインの先生がKEWで開かれるセミナーに来るので会おうではないの、となる。

待ち合わせは朝の8時半。

その足で先生を連れ、一年生用の宿舎の居間でラグビーワールドカップ決勝を観戦。

先生は当初、「前半を見たらセミナーに行かなくては」なんていっていたものの、前半が終わると「これを見ずしてどうする?!」と一旦、受付を済ませ再び戻ってきて最後まで観戦する。

イングランドの勝利に皆大興奮。

生はセミナーの参加費105ポンドを払い、「セミナーの目玉は午後だからいいのだ」と言って出掛ける。

帰宅し、夜のインターナショナル・パーティーに備えちらし寿司を作る。

金糸タマゴ、スモークサーモンで仕上げをする。

金糸タマゴはル・クーセットのフライパンで薄くタマゴを焼いて、細く切り、我ながら素晴らしい出来。

ホントにこれで縫い物ができるのでは?と。

そのインターナショナルパーティーはドイツ、オランダ、スペイン、イギリス、インドそして日本と様々で、ドイツ人、オランダ人は4~5カ国語を当たり前のように話すので、勉強しなければっ!!とまたしても単細胞が働く。

24日(日)
昨日からの雨。

珍しくまとまって降っている。

9時から先週の御宅の庭の手入れの予定ではあったが、この悪天候でキャンセルする。

お昼からは、妹の友人の弟(まだ会ったことも無い)というお医者さんが、この秋から東京からロンドンに引っ越してきたというので、会って食事でもして、ついでにキューガーデンを案内することに。

生憎の雨なのでどうするかは先方次第。

夜は、明日の植木屋講演第2弾の準備と、竹の勉強の予定。

そんな訳で、日は短くなり、気温も下がってきて、冬もすぐそこです。

では、また。

2014年7月23日水曜日

2006年11月10日 「きんと雲2号」



唐突ですが「きんと雲2号」を入手しました。

どうも、「オマエの話は作ってんじゃあないの?」と突っ込まれそうな、小説よりも奇なるホントのお話。

先週ボクは大枚はたいて購入した自転車で颯爽ときんと雲さながらのスムーズなサイクリングを楽しんでおりました。

ところが買ってからたった4日目に、こいでる最中に突然ペダルが異常に重くなったのです。

こりゃ何かペダルか車輪に絡まったかっ?と丹念に見てみるも何も発見できず、原因不明のまま重いペダルをこぎ続けたのでした。

キューという植物園は約300エーカーという広大な敷地を有し、園内の移動は職員に限って自転車が認めらています。(許可制)

例えば温室前の花壇で作業をしたとして、「じゃ、これから一時間の昼休み。またね。」といって、それからトボトボ歩いて戻っていたのでは歩いて往復して昼休みが終わりかねません。

そんな訳で自転車は必需品。

その重いペダルを「クソーっ」と懸命にこいで移動しているだけで、心臓にかなり付加が掛かり大汗をかき、たいそうな運動になりました。

これじゃ「きんと雲」どころか「鉄ゲタ君」です。

週末こそはなんとかせねばと爪を研ぎつつ迎えた今日、日曜日にまたしても車を片道40分も走らせ、自転車屋に行ったのでした。

「やあ、先週自転車を買ったんだけど、どうも調子が悪いので見て欲しいんだ。このペダルの重たさ、異常でしょ?」

「お預かりして調べます。一時間ほど経ったらまた戻ってきてください」
ということで、近所のパブで昼食を済ませて、戻ってみると、おニイさんが意気揚揚と
「シャフトの調子が悪かったようなんで、部品を交換して直しておきました」
と言うので、
「フムフム」
と頷きつつヨクヨク見てみると、元のものとは似ても似つかないペダルとギアが着いています。

「あのサ、直してもらったのは有り難いんだけどサ、これって元のとぜーんぜん違うじゃんサ」

「生憎、同じモノは無いもんですから。でもコレ元のよりも良いヤツですよ」

「あのサ、元のより良いか悪いかどうやってボクが分かるのサ。そもそもボクはね、安物買いの銭失い的な自転車に懲りて、遥々車を40分も飛ばして来ている訳よ。これじゃ、ここで、これを買う意味が無いじゃあない?あのサ、たった4日、買ってたった4日目にこんなことになるってのは、不良品を売ってるってことじゃない?部品交換でお茶を濁すんじゃなくて新しい自転車に替えるのが普通じゃあない?」

「生憎このフレームサイズ(L)は切らしていまして」

「またぁ、そこにあるじゃぁないLがサ」

「アラ、これは気付かなかった。でも新車に替えるのはオーナーに相談してからじゃあないと。替えるとしても今日はムリで、後日となると思いますよ」

アラ、気づかなかったじゃないよ、とムッとしつつも、
「相談でもなんでもしてよ。ついでに、後日取りに来るんだったら、車のガソリン代も出してもらいたいとオーナーに伝えてね」

なーんてやり取りがあって、結果新車に今日替えることに。

しかし、話はここで終わらないのでした。

新車のクセに横に割と大きな引っかきキズがあるのを発見し、普段なら「カタチあるものはいずれは壊れるもの」と割り切るのですが、今日はどうも割り切れない気分で、キズを指摘すると、

「お客さん、私は出来る最大限のことをしているのです。これ以上となると、お代をお返しして、この話は無かったことにさせてもらいます」

「結構。返してもらったお金で納得した自転車を買うから、お金、返してちょうだい」

現金を取りにレジに引き返したと思った担当者はまたオーナーにボソボソと電話で相談したようで、暫くしてボクのところに来て、

「このグレードの2つ上の自転車で手をうちませんか?」ですと。

それは同じくGIANTのアルミフレームのなかなかいいヤツで、コレまでのものより50ポンドほど割高のものでした。

「これってラッキーなんじゃぁない?」と思わずニヤけそうになるのを抑え、作ったしかめっ面で「ウーム、仕方が無い、それでいいや。でもまた調子悪いのはカンベンしてよ」・・・・

そんなこんなで、ボクはさらに滑らかなる「きんと雲2号」のオーナーになりました。

こうやって書いてみるとなんてことはないようですが、この類の交渉事を英語でするというのは、身も心も消耗します。

まずは、自分の主張を通すこと、理屈を通すこと、ナメられないこと、かといって激高しないこと、など注意を払い、身振り手振り、そして表情をつけて言葉の足りない部分を補います。

そうやって勝ち取った2グレード上の自転車は価値があると思われます。

盗難が多いので盗られないよう注意しつつ、これでロンドンを疾走する決意でございます。

では、また。

2014年7月17日木曜日

2006年11月03日 「キント雲」



買いました。自転車。

もうかれこれ3台目。

一台目はヨークにいたときに、クラスメートから貰ったポンコツ自転車。

しかし、これはケンブリッジでペダルがもげて修理代が、安い新車のそれを上回った為に100ポンドの新車を購入しました。

安物買いのゼニ失い、なのでしょうか。

その新車も3年経ったところで、先週またしてもペダルがもげてしまい、自転車屋に持ち込んで修理の見積もりをしてもらったところ、「100ポンド」と言われ、今度はちょっと予算を上乗せしてでも信頼の置けるモノを、ということでGIANTという、定価185ポンドのいわゆるブランド自転車を、安売りしている店を探しに探して150ポンドで入手しました。

大満足。

基本的にお金に余裕の無い、貧乏暮らしをしているのでこの150ポンドの自転車はスーパー・リッチな気分に浸らせてくれます。

しかも乗り心地、とてもスムース。

たかも孫悟空の乗っている雲(キント雲)のような滑らかさです。ホント。

この自転車購入に弾みをつけたのが、「バイト」でした。

ヨークにいた際、隣村のおばあさんの庭の手入れをして少々お小遣いを稼いだことがありました。

これは時給7ポンド。

しかも過少払い気味で、お金目的というよりは、おばあさんの飼っている犬と遊ぶためといった感じでした。

そして、ここキューはやはり相場が違います。

クラスメートの女の子が、「土曜日暇だったら手伝ってくれない?」というので引き受けたのは、キューの高級住宅街の邸宅の庭。

約300坪位でしょうか。



ヨークのおばあさんの庭はせいぜい30坪でしたので、スケールが違います。

ボクはあくまでも手伝いですので、彼女のアシスタントに徹しました。

この家は年に2日間だけ、チャリーティーのために自分の庭を一般に公開します。

ボクのクラスメートの仕事はその日に向け、今から手入れと準備を進めるというもの。

土曜日の朝9時から昼の1時までの4時間、寒いながらも天気が良い中で気分よく仕事をした結果、貰ったお金がナント53ポンド!!!!

ザッとヨークの時給の倍。

日本円ですと時給約2500円ですよ!

ご苦労様、と差し出された紅茶をすすりながら、「ウーン、こんなに貰って良いのかなぁ・・・」とフクザツな気分でいるとクラスメートの女の子は「来週も手伝ってくれる?」と言うので「ハイッ、ハイッ!是非是非」と思わず手を挙げて二つ返事で請け負ったのでした。

なんでも、この家主はキューディプロマの学生を好んで使っているそうで、彼らにとっては金は全く問題ではなく、自分の庭が公開されるその日までにいかに良いモノに仕上げるかが一番の関心事とのこと。

それだけに責任も重い気もしますが、ナンノ、ボクはクラスメートの助手に過ぎませんので気楽なモンです。

53ポンド現金払いですので税金も掛からず、久し振りに懐がイッキに暖まった気がして、「ヨーシ、自転車買ったるゾ!!」と気分も大きく繰り出したという訳。

ヨークで10ポンドを貰って、喜んでパブに繰り出し、ほぼ全額飲んでしまったことを思い出すとスケールの違いはあれども、あまり成長していないなぁ、と少々反省もしますが、でも自転車がないと生活できない環境ですので、まあバチはあたるまい、と。

そんなブラン・ニュー・バイシクルのお話でした。