どうして「スバラシキ英国園芸ノススメ」なのか

ちょっと読んで 「あんまり面白くないなぁ」 と思った方。
騙されたと思ってしばしお付き合い下さい。

7年間の英国留学中にしたためたメールは300を越えました。
そしてこれが 「尻上がり的」 に面白くなっていくのです。

当初の初々しい苦学生の姿から、徐々に英国に馴染んでいく様子は100%ノンフィクションのリアルストーリー。

「スバラシキ英国園芸ノススメ」の旅はまだ始まったばかりです。

2014年8月2日土曜日

2006年11月23日 「タテバヤシ1週間」



15日(土)
大家がフランスに行き不在中の為、朝から居間でラグビーワールドカップを観戦。

オーストラリアVSニュージーランド、特にオーストラリアのレベルの高いディフェンスに感動を覚える。

昼から3年生のオーストラリア人、マルセラの紹介で隣町CHISWICKの邸宅の庭の手入れを始める。

時給ベリーグッドで、思わずにやける。

夜、クラスメートと映画を見に街に繰り出すが、生憎先週上映終了とのことで、そもままパブでビールを飲んで帰宅。

16日(日)
昨日同様居間でラグビー観戦。

週末恒例のパンケーキを作り胸焼けがするほど一人で食う。

自転車をかっ飛ばしロンドン中心地へ。

ピカデリーサーカス、リージェント・ストリート、コベント・ガーデンなど人ごみでごった返すなか、買い物をする。

来週末、2年生のドイツ人クリスティーンが主催するインターナショナル・パーティに持っていく「ちらし寿司」のモトを買うのが主な目的。

ついでにテイクアウェイのにぎり寿司とキリン一番搾りを店内で食す。

ウマイ。

すっかり日本食モードになってしまい、納豆とお刺身用サーモンを買い、晩ゴハンは納豆、刺身、梅干、味噌汁、ご飯と望郷メニュー。

就寝までの間は明日の針葉樹分類テストに備え激勉。

17日(月)
午後から雨が降る冴えない一日。

針葉樹分類テストは激勉の甲斐あってマズマズの出来。

夜は毎週月曜日にあるKEW相互勉強会にて、約100人の聴衆を前に日本の植木屋について地下足袋、手拭いなどの植木屋スタイルで説明をする。

このパフォーマンス、バカウケで来週も別内容でやることとなる。

18日(火)
夜は明日に控えたクラス・ミーティング(クラスでの話し合いを一年生用の宿舎で皆が集まり話合うもので、隔週毎。毎回シェフが選出されミーティング前に腹ごしらえをするというもの)に備え、日本のカレーを作る。

ハウス・バーモンドカレーを鍋に投入する際に思わず西城ヒデキ風に「リンゴとハチミツとろーり溶けてる・・・」と歌ってしまう。

自分の作ったカレーは明日用で、その晩はクラスメート、ローリー君の作った豚肉のハチミツとマスタード和えをご馳走になる。

19日(水)
再来週の分別テストの御題は「竹」。

セクションの責任者の説明で竹を見て回るが、どれも似ていて気が狂いそうになる。

夜のクラス・ミーティングでは、カレーはなかなか好評であった。

ミーティング後、韓国人のジューンにバリカンで床屋をしてもらいサッパリ。

彼女は僕の専属ヘアードレッサーで、ほぼ2週間に一度の頻度で面倒を見てくれる有難い奇特なやつ。

因みにバリカンは僕の「マイ・バリカン」。

深夜、大家夫妻が約2週間のフランス滞在から戻り、「タテバヤシ2週間天下」が終了する。

20日(木)
クラスメートのドイツ人、イリーナのお姉さんが約1週間遊びに来て、食事を作るから食べに来て、というので他のクラスメート共々ご馳走にあずかる。

ニシンのマリネ、玉ねぎ、リンゴ、きゅうりのピックルスなどをヨーグルトで和えたものをジャガイモというドイツ料理はなかなかユニーク。

ニシンの生っぽい食感がまたしても望郷心をくすぐる。

21日(金)
毎週金曜日は三々五々パブに集うことになっており、普段は1~2時間でお開きになるのだが、どういう訳かこの日は皆のノリが良くついつい深酒をしてしまう。

22日(土)
ヨークの学校のガーデンデザインの先生がKEWで開かれるセミナーに来るので会おうではないの、となる。

待ち合わせは朝の8時半。

その足で先生を連れ、一年生用の宿舎の居間でラグビーワールドカップ決勝を観戦。

先生は当初、「前半を見たらセミナーに行かなくては」なんていっていたものの、前半が終わると「これを見ずしてどうする?!」と一旦、受付を済ませ再び戻ってきて最後まで観戦する。

イングランドの勝利に皆大興奮。

先生はセミナーの参加費105ポンドを払い、「セミナーの目玉は午後だからいいのだ」と言って出掛ける。

帰宅し、夜のインターナショナル・パーティーに備えちらし寿司を作る。

金糸タマゴ、スモークサーモンで仕上げをする。

金糸タマゴはル・クーセットのフライパンで薄くタマゴを焼いて、細く切り、我ながら素晴らしい出来。

ホントにこれで縫い物ができるのでは?と。

そのインターナショナルパーティーはドイツ、オランダ、スペイン、イギリス、インドそして日本と様々で、ドイツ人、オランダ人は4~5カ国語を当たり前のように話すので、勉強しなければっ!!とまたしても単細胞が働く。

24日(日)
昨日からの雨。

珍しくまとまって降っている。

9時から先週の御宅の庭の手入れの予定ではあったが、この悪天候でキャンセルする。

お昼からは、妹の友人の弟(まだ会ったことも無い)というお医者さんが、この秋から東京からロンドンに引っ越してきたというので、会って食事でもして、ついでにキューガーデンを案内することに。

生憎の雨なのでどうするかは先方次第。

夜は、明日の植木屋講演第2弾の準備と、竹の勉強の予定。

そんな訳で、日は短くなり、気温も下がってきて、冬もすぐそこです。

では、また。

2014年7月23日水曜日

2006年11月10日 「きんと雲2号」



唐突ですが「きんと雲2号」を入手しました。

どうも、「オマエの話は作ってんじゃあないの?」と突っ込まれそうな、小説よりも奇なるホントのお話。

先週ボクは大枚はたいて購入した自転車で颯爽ときんと雲さながらのスムーズなサイクリングを楽しんでおりました。

ところが買ってからたった4日目に、こいでる最中に突然ペダルが異常に重くなったのです。

こりゃ何かペダルか車輪に絡まったかっ?と丹念に見てみるも何も発見できず、原因不明のまま重いペダルをこぎ続けたのでした。

キューという植物園は約300エーカーという広大な敷地を有し、園内の移動は職員に限って自転車が認めらています。(許可制)

例えば温室前の花壇で作業をしたとして、「じゃ、これから一時間の昼休み。またね。」といって、それからトボトボ歩いて戻っていたのでは歩いて往復して昼休みが終わりかねません。

そんな訳で自転車は必需品。

その重いペダルを「クソーっ」と懸命にこいで移動しているだけで、心臓にかなり付加が掛かり大汗をかき、たいそうな運動になりました。

これじゃ「きんと雲」どころか「鉄ゲタ君」です。

週末こそはなんとかせねばと爪を研ぎつつ迎えた今日、日曜日にまたしても車を片道40分も走らせ、自転車屋に行ったのでした。

「やあ、先週自転車を買ったんだけど、どうも調子が悪いので見て欲しいんだ。このペダルの重たさ、異常でしょ?」

「お預かりして調べます。一時間ほど経ったらまた戻ってきてください」
ということで、近所のパブで昼食を済ませて、戻ってみると、おニイさんが意気揚揚と
「シャフトの調子が悪かったようなんで、部品を交換して直しておきました」
と言うので、
「フムフム」
と頷きつつヨクヨク見てみると、元のものとは似ても似つかないペダルとギアが着いています。

「あのサ、直してもらったのは有り難いんだけどサ、これって元のとぜーんぜん違うじゃんサ」

「生憎、同じモノは無いもんですから。でもコレ元のよりも良いヤツですよ」

「あのサ、元のより良いか悪いかどうやってボクが分かるのサ。そもそもボクはね、安物買いの銭失い的な自転車に懲りて、遥々車を40分も飛ばして来ている訳よ。これじゃ、ここで、これを買う意味が無いじゃあない?あのサ、たった4日、買ってたった4日目にこんなことになるってのは、不良品を売ってるってことじゃない?部品交換でお茶を濁すんじゃなくて新しい自転車に替えるのが普通じゃあない?」

「生憎このフレームサイズ(L)は切らしていまして」

「またぁ、そこにあるじゃぁないLがサ」

「アラ、これは気付かなかった。でも新車に替えるのはオーナーに相談してからじゃあないと。替えるとしても今日はムリで、後日となると思いますよ」

アラ、気づかなかったじゃないよ、とムッとしつつも、
「相談でもなんでもしてよ。ついでに、後日取りに来るんだったら、車のガソリン代も出してもらいたいとオーナーに伝えてね」

なーんてやり取りがあって、結果新車に今日替えることに。

しかし、話はここで終わらないのでした。

新車のクセに横に割と大きな引っかきキズがあるのを発見し、普段なら「カタチあるものはいずれは壊れるもの」と割り切るのですが、今日はどうも割り切れない気分で、キズを指摘すると、

「お客さん、私は出来る最大限のことをしているのです。これ以上となると、お代をお返しして、この話は無かったことにさせてもらいます」

「結構。返してもらったお金で納得した自転車を買うから、お金、返してちょうだい」

現金を取りにレジに引き返したと思った担当者はまたオーナーにボソボソと電話で相談したようで、暫くしてボクのところに来て、

「このグレードの2つ上の自転車で手をうちませんか?」ですと。

それは同じくGIANTのアルミフレームのなかなかいいヤツで、コレまでのものより50ポンドほど割高のものでした。

「これってラッキーなんじゃぁない?」と思わずニヤけそうになるのを抑え、作ったしかめっ面で「ウーム、仕方が無い、それでいいや。でもまた調子悪いのはカンベンしてよ」・・・・

そんなこんなで、ボクはさらに滑らかなる「きんと雲2号」のオーナーになりました。

こうやって書いてみるとなんてことはないようですが、この類の交渉事を英語でするというのは、身も心も消耗します。

まずは、自分の主張を通すこと、理屈を通すこと、ナメられないこと、かといって激高しないこと、など注意を払い、身振り手振り、そして表情をつけて言葉の足りない部分を補います。

そうやって勝ち取った2グレード上の自転車は価値があると思われます。

盗難が多いので盗られないよう注意しつつ、これでロンドンを疾走する決意でございます。

では、また。

2014年7月17日木曜日

2006年11月03日 「キント雲」



買いました。自転車。

もうかれこれ3台目。

一台目はヨークにいたときに、クラスメートから貰ったポンコツ自転車。

しかし、これはケンブリッジでペダルがもげて修理代が、安い新車のそれを上回った為に100ポンドの新車を購入しました。

安物買いのゼニ失い、なのでしょうか。

その新車も3年経ったところで、先週またしてもペダルがもげてしまい、自転車屋に持ち込んで修理の見積もりをしてもらったところ、「100ポンド」と言われ、今度はちょっと予算を上乗せしてでも信頼の置けるモノを、ということでGIANTという、定価185ポンドのいわゆるブランド自転車を、安売りしている店を探しに探して150ポンドで入手しました。

大満足。

基本的にお金に余裕の無い、貧乏暮らしをしているのでこの150ポンドの自転車はスーパー・リッチな気分に浸らせてくれます。

しかも乗り心地、とてもスムース。

あたかも孫悟空の乗っている雲(キント雲)のような滑らかさです。ホント。

この自転車購入に弾みをつけたのが、「バイト」でした。

ヨークにいた際、隣村のおばあさんの庭の手入れをして少々お小遣いを稼いだことがありました。

これは時給7ポンド。

しかも過少払い気味で、お金目的というよりは、おばあさんの飼っている犬と遊ぶためといった感じでした。

そして、ここキューはやはり相場が違います。

クラスメートの女の子が、「土曜日暇だったら手伝ってくれない?」というので引き受けたのは、キューの高級住宅街の邸宅の庭。

約300坪位でしょうか。



ヨークのおばあさんの庭はせいぜい30坪でしたので、スケールが違います。

ボクはあくまでも手伝いですので、彼女のアシスタントに徹しました。

この家は年に2日間だけ、チャリーティーのために自分の庭を一般に公開します。

ボクのクラスメートの仕事はその日に向け、今から手入れと準備を進めるというもの。

土曜日の朝9時から昼の1時までの4時間、寒いながらも天気が良い中で気分よく仕事をした結果、貰ったお金がナント53ポンド!!!!

ザッとヨークの時給の倍。

日本円ですと時給約2500円ですよ!

ご苦労様、と差し出された紅茶をすすりながら、「ウーン、こんなに貰って良いのかなぁ・・・」とフクザツな気分でいるとクラスメートの女の子は「来週も手伝ってくれる?」と言うので「ハイッ、ハイッ!是非是非」と思わず手を挙げて二つ返事で請け負ったのでした。

なんでも、この家主はキューディプロマの学生を好んで使っているそうで、彼らにとっては金は全く問題ではなく、自分の庭が公開されるその日までにいかに良いモノに仕上げるかが一番の関心事とのこと。

それだけに責任も重い気もしますが、ナンノ、ボクはクラスメートの助手に過ぎませんので気楽なモンです。

53ポンド現金払いですので税金も掛からず、久し振りに懐がイッキに暖まった気がして、「ヨーシ、自転車買ったるゾ!!」と気分も大きく繰り出したという訳。

ヨークで10ポンドを貰って、喜んでパブに繰り出し、ほぼ全額飲んでしまったことを思い出すとスケールの違いはあれども、あまり成長していないなぁ、と少々反省もしますが、でも自転車がないと生活できない環境ですので、まあバチはあたるまい、と。

そんなブラン・ニュー・バイシクルのお話でした。

2014年6月18日水曜日

2003年10月26日 「最後の晩餐」




ヒジョーに気まずい気分でこれを書いています。

今日夕方植物園から戻ると、ダイニング・ルームに物々しく食器がセットされており、「何事か?」と思っていると、そこに大家さんが。

「今日はネコの送別会なんだ」

またまたガチョーンって感じです。

例のネコ・アレルギー騒動以来、ネコは別の場所で引き取ってもらいます、なんて言っていたもののその後もネコちゃんは居続け、「まさかこのままあと3年ないがしろってことはあるまいな」、と不安を感じつつも「いつネコさんは貰われていくのですか?」と聞くわけにもいかず、どうしたものかと思っていた矢先。

旦那は「気にしなくていいんだ。これでいいんだから」と言いますが、奥さんはやはり何処かやり切れなさそう。

今晩は一応ネコの送別会ということで、ちょっと特別に食事をするんだよ、という説明に、「うわー、なんかとても気まずいカンジ」と、僕はすごすごと自室に引き込み、試験勉強などをしたりしているわけです。

いざネコが居なくなるとなると、キッチンのドアに開けた猫用のフラップ付き出入り口もどこか虚しさが漂います。

これでいよいよこれからは、よっぽどの理由が無ければ引越しはならないという事態になりました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

と、ここまで書いてメールを送信せずにサボっていました。

今日は10月26日日曜日。

昨晩、ついにサマータイムが終了し、時計の針を一時間戻し、本格的な冬に向けての秒読み体制に突入です。


今年は夏の熱波を始め、全体的に暖かく10月の2週目まで短パンで粘っていたのですが、それでも最近は急に冷え込むようになり、昨日ユニクロ・リッチモンド店にてフリースのエリマキを購入し来る冬に備えたのでした。

サマータイムが終了・・・という話題は何となく毎年メールに書いている気がして、これが5回目ですか。

そうかー、5年も居るのかぁ(正確には5年目)と他人事のように思ってしまいます。

そういえば、ワタクシ、時代の証人となりました。とはいってもそんな大袈裟なものではないのですが。

キューはヒースロー空港に近いこともあり、旅客機がかなりの低空で頭上をバンバン通過して行き、飛行機マニアにはたまらない場所と思われます。

僕も時折ポケモンが描いてあるANAなどを見かけると、「おおっ、母国より12時間掛けて飛んできたのか。ご苦労っ!」と労をねぎらったりします。

金曜日の夕方16:00。

なんと3機のコンコルドが立て続けにほぼ1分おきに頭上を通り過ぎていったのでした。

この日がコンコルドの最後の日となっていて、ヒースロー空港は相当賑わったようです。

まさに轟音をとどろかせながら独特の機影が頭上を駆け抜ける様もこれが最後なのか、と思うと貴重な体験だったかも、と感慨に耽ったりしてしまいます。

今日はこれからケンブリッジの植物園で開催される「アップルデー」というイベントに繰り出し、約2ヶ月振りにケンブリッジ仲間と会う予定です。

写真一枚目は、韓国人のクラスメート、ジューンと紅葉見事なハンテンボクをバックに。
天気良好。

二枚目は、キューの中のクイーンズ・ガーデンにて。
斜めから射す太陽と、厚い雲がなかなかドラマチックなので。

では、また。

2014年6月3日火曜日

2003年09月26日 「ネコ騒動・起承転結」



こんな展開があるとは・・・。

お知らせしていますネコ騒動、意外な展開をみせてきました。

「起」・・・ネコ・アレルギーを承知の上で楽天的に「ま、なんとかなるさ」と入居。

「承」・・・なんとかなるさ作戦が行き詰まり、転居を前提に大家に事態を告白。

とこれが前回まで。

ぼくのシナリオでは、「それなら仕方がない。どこかまた良い所をさがしてね。」と新たなる住まいを求めて引越しをするのだ、と思っていたのですが。

「転」・・・今朝台所で紅茶を入れる大家の旦那さんと鉢合わせになり、「どうだい?調子は」と聞かれたので、
「イエ、その、奥様から聞いているとは思いますが、実はネコがですね・・・」と言うと、
「オオっ、それね。もう何ら心配はいらないから」というので、要領が飲み込めずにキョトンとしていると、
「あのネコは、あるところで引き取ってもらうことにしたから。いやね、僕もネコはあんまり好きじゃあなかったんで、丁度良かったよ」といたずらっぽく笑うのでした。

シェーっ!!っていう感じでしょうか。

そんな、ついこの前来たばかりの得体の知れない日本人が「ネコ・アレルギー」だからという理由で、長年連れ添ったネコをそんな簡単に里子に出しちゃって良いんでしょうか??

逆を言えば、これは大変な責任を背負い込んじゃったんでは??、と頭を抱えてしまう始末。

一日中ずっとこのことが頭から離れず、若きウエテルのごとく悩みました。

今後はちょっとやそっとじゃあここを出れない、ということです。

本件について相談にのってもらっている学校の担当者もビックリといった感じで、
「アナタ、気に入られたのねぇー」と呆れるやら、感心するやら。

「結」に持っていくにはまだ時期尚早だと思うので、今後も事態を冷静に客観的に受け止めていきたいと思います。

波乱万丈の新生活デス。

2014年5月27日火曜日

2003年09月20日 「ニャンニャン」


「やってみなはれ」と始めてみたネコちゃんとの共同生活。

ここにきて、はやり白旗を振ることとなりそうです。

どうもクシャミがとまらなかったり、ノドに違和感があったり、なーんか調子が悪く、「これは本格的に調子を崩す前にテを打たねば」という思いが強くなりました。

とはいえコトは「出ます」「そうですか」と単純ではなく、デリケートな問題を含んでいます。

まず、本件はキューの学生担当セクレタリーからの紹介ですので、彼女に迷惑が掛かってはいけませんので、まず彼女に事情を話し了解を得ました。

次に現在フランスの別宅に行っている大家さんとの交渉。

何せ彼女達は、この怪しげな日本人に鍵から何から一切預けて約一ヶ月も家を留守にしている程、僕を信用してくれちゃっているのです。

そして、彼女達の胸の中には僕がこれから3年間居てくれる、という暗黙の期待がある訳です。

そんな状態で、「アノー、実はですねぇ、ネコがですねぇ・・・」と言い出すのはかなり躊躇いがあります。

でも、強くならなきゃ!と気合を入れて明日日曜日に帰ってくる大家さんに対して真摯にお話し合いを進めるべく、現在シナリオを頭の中に描いているところです。

エサやるだけなんだから大丈夫なんじゃん?とタカを括っていたものの、家の中を歩き回った挙句、ネコの毛をくっつけて自室に戻るわけで、部屋をネコ出入り禁止にしたところで、無菌とはいえません。

ジョギングから帰ってきて、「さあ、フッキンでもするかっ」と床に寝転ぼうにも、「待てよ、この床は・・・」と腹筋運動も出来ず、「ヨーシ、徹底的に掃除機をかけて、ネコの毛を排除するのダ」とブンブン掃除機をかけたところ、かえってモウモウとネコの毛が舞って逆に返り討ちにあってしまう始末。

ちょっとツライかな、と。

さらに大家との話し合いが円満に進んだ場合、次の住まいを探さねばなりませんが、現在既に2件ほどアタリをつけました。

1件目は自転車で15分くらい離れたところで家賃が現在の約3分の1と驚愕の安さですが、実はこれは家に庭がついていて、この庭の手入れが条件になっています。

もう1件はケンブリッジの隣の部屋のビル君のお母さんの親友のご近所。

ビル君の家族とはとても仲良くさせて頂いており、彼のお母さんからはキューに受かったという話をした時点より「住む場所に困ったら相談しなさい」と言われており、早速困ってしまう事態に陥り相談した次第。

そのお母さんの親友にこの前事情を話しに会いに行きましたが、とても協力的で、「近所に心当たりがあるから聞いておいてあげる」とのこと。

タテバヤシ、色々な方々に支えられて生きております。

そんな訳で、まだまだ落ち着かないロンドン新生活です。

2014年5月6日火曜日

2003年09月13日 「一週間経過」



前略。

一週間が瞬く間に過ぎていきました。

ぎこちない初日から数えて、徐々にクラスの仲間とも打ち解け、改めて皆キラ星のごとくの経歴を持って集まったと知るに至り、圧倒され、果たしてオレは場違いなのでは??と不安になります。

自分がとてつもなく小さく思えて「あーあ・・・」と溜息も出ます。

今日は自分の園芸に関するバック・グラウンドを皆の前でプレゼンする日だったのですが、思えば自分の園芸的バック・グラウンドは日本での半年の植木屋経験とあとは英国に来てからのものに過ぎず、まだまだビギナーの部類なのです。

それに引き換え、皆かなりの経験があり、それに相当する教育も受けてきているのです。

高校、大学と胸を張って「やった」と言えるのはラグビーだけですので、今更にマズイなと。

まあ、言っても始まりませんので、今後頑張ります。

こんな自分でも輝く時はあるもので、昨日「クロッグ&エプロン レース」というイベントがありました。

これは毎年一年生が走る伝統の競技で、底の硬い木靴を履いて、エプロンをかけて植物園の中の約400メートルの直線を走りきり、誰が一番早いかというのを競うもので、「こんなときにしか活躍は出来ん」と気合を入れた結果、ブッチギリで優勝いたしました。

一番若いのが19歳ですから、その倍生きてるおじさんとしての意地ですね。


その模様は例のBBCのカメラも熱心に追っていて、レース後には勝利者インタビューをBBCから受けました。

歴代の勝利者の名前を彫り込んだトロフィーを受け取り、2003年の勝利者として歴史に名前を残すこととなりました。


子供の運動会でよく足がもつれて転倒したりするお父さんを見かけますが、僕もそんな年頃ではあるものの、「まだまだイケるっ!!」と一安心。

クソー、今子供がいたら子供に自慢しちゃうのに。
ちぇっ。

因みに翌日は筋肉痛でツライかなぁ、と予想していたら、左にあらず。

どこも痛くも痒くもなく、「日頃の心掛けよのー」とまたまた安心。

一方、講義も「土壌学」「植物体系学」「植物生理学」「植物解剖学」などのアカデミックな講義も徐々に始まり、化学の元素記号を憶えたり、アップアップです。

こんなことなら高校時代にもっと真剣に勉強していればよかったと後悔しきり。

なにしろ自分の人生において5段階評価の最低「1」を取ったのは後にも先にも高校時代の生物だけです。

これはひとえに「遺伝」が不出来だったからですが、キューの2年目にはその「遺伝」があり、今からドキドキです。

今日は我々学生をサポートしてくれる担当のバーバラというおばさんから「こんなのあるけど、どう?」と聞かれたのが、植物園内で入場料などのお金を数える人を職員の中で募集しているというのがあり、元銀行員としてうってつけのバイトということで二つ返事で引き受けました。

金勘定、得意です。

盛り沢山の毎日、何もかもが新しい毎日。

刺激的でなかなかイイモンです。

まずは健康で、楽しみつつ、苦しみつつ無事一週間を終えましたことをご報告いたします。