どうして「スバラシキ英国園芸ノススメ」なのか

ちょっと読んで 「あんまり面白くないなぁ」 と思った方。
騙されたと思ってしばしお付き合い下さい。

7年間の英国留学中にしたためたメールは300を越えました。
そしてこれが 「尻上がり的」 に面白くなっていくのです。

当初の初々しい苦学生の姿から、徐々に英国に馴染んでいく様子は100%ノンフィクションのリアルストーリー。

「スバラシキ英国園芸ノススメ」の旅はまだ始まったばかりです。

2011年8月8日月曜日

2000年07月25日 「全英オープン」



夏真っ盛り、暑い毎日かと存じますがお元気でしょうか。

22日(土)から24日(月)までスコットランドに一人で行っていました。

先週はゴルフの全英オープンが開催されていて学校のホールでテレビ観戦していたのですが、この地続きの場でこのビッグイベントを生でやっているのかと思ったらいてもたってもいられなくなり、エジンバラまでの往復の電車チケットだけ確保してヨークから発作的に出発しました。

突然の思いつきでしたので値段が安くて便利な時間というチケットはありえず、かなり無理のある行程ではありました。

土曜日は朝6:30にヨークを出発しエジンバラに9:30着。
それからローカル電車に1時間ゆられルーカスという会場最寄の田舎駅まで行って、シャトルバスに乗り換え会場にたどりつきました。

春のイースター休暇で来たときとはうってかわって雰囲気が異なり、モノスゴイ人出で熱気に包まれておりました。

大会開催中は晴天に恵まれ全英オープンのイメージとしてある「強風」「冷たい海風」「どんよりとした雲」「雨」とはほぼ無縁の快晴が続いており絶好の観戦日和でした。

観戦方法として「一箇所にとどまって次々と来るプレーヤーをみる」「ひとつの組だけをひたすら追いかけて通してみる」のいずれかを採択するか思案しました。

後者の場合はその選手に思い入れが強くて他の選手は見なくていいという覚悟が必要ですが、どの選手を追いかけるかといえばそれはやはりタイガーウッズでしょう。

しかし全英オープン史上最高の人出であったらしく、おびたたしい数のギャラリーで、そのほとんどが「ウッズ狙い」でしょうから一緒にまわっても何も見れないと思われ前者の観戦方法にしました。

会場をウロウロして吟味したところ、6番のティーグランド横であれば「ティーショットが見える」「ティーグラウンド越しの5番と13番のダブルグリーンのパットが見える」「トイレ、売店に近い」という好条件であることを発見。
そこに決めました。

3日目と最終日を見たのですが、決勝ラウンドは全部で37組まわっていて第一組がスタートするのが8:40、そしてウッズの最終組のスタートは15:00です。

スタートしてから6番ホールに来るまでにはほぼ90分あって「じっと我慢の子であった」状態でした。

早い時間のそれほど人気がない選手のうちは途中でトイレにいったり売店にいっても元の場所を確保できますが、後半10組ほどになるといつの間にか人垣ができあがり身動きが出来なくなります。
トイレに行かなくてもいいように水分摂取も控えてかなりストイックなゴルフ観戦となりました。

それでも自分の2メートル前で世界屈指のプレーヤーが次々とティーショットを放っていくというのはなんとも夢のような経験でした。
当然ながらダブッたりチョロッたりするようなトラブルショットは皆無で打った球がシューッと空気を裂いてまっすぐ飛んでいきます。

キャディとプレーヤーの会話が聞こえたり、キャディバッグの中が見えたりして我慢して長時間粘っただけのことはありました。

さて大会3日目、僕にとっては初日を終えエジンバラに戻ると既に21時を回っており、そこから宿探しとなりました。

前回宿泊した安宿も含めていくつも当たったのですがどこも満室だとのこと。
この英国を代表するスポーツイベント、さらに史上最高の人出というだけあって予約もなく当日に宿を決めるなんてことは不可能なわけで宿も決めずに飛び出してきた自分の楽観的人生観が裏目にでました。
いくら悩んでもないものはないわけで、ついに最悪の選択肢である野宿をする決意をしました。

一応24時まではパブでビールを飲みながら屋根の下にいたのですが、閉店とともに外に出されてしまいました。
夏だというのに日が沈んだ22:00頃から急激に冷え込んできて日中の暖かさがウソのようです。
とりあえず持ち合わせていたフリースジャケット、長袖シャツ、ウインドブレーカーを着てみましたがそんなものでは到底歯が立たないほど寒さは厳しくなってきました。

気温は10度を下回ったと思います。

早起きしてきたこと、終日外を歩き回ったことなどで疲れはピークでしたが、寒さで眠るに眠れずホトホト困りました。

そんな折、ふと段ボール箱が目に入り、これをつぶして横になってみるとかなり暖かいのを発見し嬉しくなりました。

とはいっても大袈裟に横になるのも人目がはばかれ、隅の石のベンチに段ボールを敷いて30分ほど眠りました。
親が見たら段ボールで眠る息子をみてさぞ嘆いたことでしょう。

30分がある意味限界でした。
段ボールがあっても寒いのは寒いわけで風邪をひきそうでしたし、熟睡して不審者になにかを盗られても困ります。

ジッとしていても寒いだけなので、カラダを暖めるためにアテもなく深夜のエジンバラの街をひたすら歩きました。

そもそも日本のように24時間営業しているコンビニ、ファミレス、映画館などがないからこんな目に遭うのです。
歩くにしても4時間を越えたあたりで今度は足が痛くなってきてなんとも情けなくなりました。

「将来失敗しても最悪段ボールで暮らせるサ。命をとられるわけじゃなし、気楽にやるヨ」なんて言っていたのですが、イザ本当に段ボールを体験してみるとこれは想像以上に厳しいものだと悟りました。
特に真冬をあれで過ごすのは決死の覚悟が必要かと思われます。

その後も疲れて30分眠る、寒さで起きて歩く、疲れて眠る・・・と繰り返し時間が過ぎました。

4:30ころ東の空が白々としてきて頭上をカモメたちが鳴きながら飛び交い、冷たい海風が吹き上げてくる・・・。
やっと朝だ。
あの朝は生涯忘れがたいものだという気がします。


そんな夜を過ごしたことに懲りもせずルーカス行きの始発電車に乗って再びセントアンドリュースに赴き史上最年少グランドスラム達成の瞬間を見てきたというわけです。


今回改めて日本の特別ぶりを目撃しました。

会場にいるのは地元英国人はもちろんアメリカ、オーストラリア、欧州各国からのようでしたが、東洋人はそのほとんどが日本人のようでした。
その数もかなりのものです。
自分もその一人ですが。

更に日本選手、特に丸山のあとにはカメラマン、記者、役員など腕章をつけた「特別」な日本人がコース内をゾロゾロ金魚の糞みたいにくっついていきます。
日本選手以外でそんな選手はほとんどいません。
思うに日本企業のスポンサーの圧力で腕章をつけた怪しい特別な方々がコース内を我がもの顔で闊歩していたのではないかと思います。

午前中丸山にくっついていたじゃぁないという方々が午後はウッズの後ろにちょこんとくっついて歩いていたりして。
ちょっと違和感がありましたね。
特に「タイガーのティーオフまであと2時間です。」とラジオ中継を聞きながら、「ってことはここに来るのはあと3時間半後かぁ」とヘトヘトになりながらも忍の一文字で待ち続けたものとしては、そんな特別な腕章は「ズルイッ!!」と腹が立ってしまいました。

思いつきの衝動的な旅でしたが今回セントアンドリュースに行ったことは本当に価値があったと満足しています。
唯一残念だったのが大会2日目でジャック・ニクラウスが姿を消して1日違いで彼をナマで見れなかったことでしょうか。

そんな全英オープンのお話でした。




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