どうして「スバラシキ英国園芸ノススメ」なのか

ちょっと読んで 「あんまり面白くないなぁ」 と思った方。
騙されたと思ってしばしお付き合い下さい。

7年間の英国留学中にしたためたメールは300を越えました。
そしてこれが 「尻上がり的」 に面白くなっていくのです。

当初の初々しい苦学生の姿から、徐々に英国に馴染んでいく様子は100%ノンフィクションのリアルストーリー。

「スバラシキ英国園芸ノススメ」の旅はまだ始まったばかりです。

2014年5月27日火曜日

2003年09月20日 「ニャンニャン」


「やってみなはれ」と始めてみたネコちゃんとの共同生活。

ここにきて、はやり白旗を振ることとなりそうです。

どうもクシャミがとまらなかったり、ノドに違和感があったり、なーんか調子が悪く、「これは本格的に調子を崩す前にテを打たねば」という思いが強くなりました。

とはいえコトは「出ます」「そうですか」と単純ではなく、デリケートな問題を含んでいます。

まず、本件はキューの学生担当セクレタリーからの紹介ですので、彼女に迷惑が掛かってはいけませんので、まず彼女に事情を話し了解を得ました。

次に現在フランスの別宅に行っている大家さんとの交渉。

何せ彼女達は、この怪しげな日本人に鍵から何から一切預けて約一ヶ月も家を留守にしている程、僕を信用してくれちゃっているのです。

そして、彼女達の胸の中には僕がこれから3年間居てくれる、という暗黙の期待がある訳です。

そんな状態で、「アノー、実はですねぇ、ネコがですねぇ・・・」と言い出すのはかなり躊躇いがあります。

でも、強くならなきゃ!と気合を入れて明日日曜日に帰ってくる大家さんに対して真摯にお話し合いを進めるべく、現在シナリオを頭の中に描いているところです。

エサやるだけなんだから大丈夫なんじゃん?とタカを括っていたものの、家の中を歩き回った挙句、ネコの毛をくっつけて自室に戻るわけで、部屋をネコ出入り禁止にしたところで、無菌とはいえません。

ジョギングから帰ってきて、「さあ、フッキンでもするかっ」と床に寝転ぼうにも、「待てよ、この床は・・・」と腹筋運動も出来ず、「ヨーシ、徹底的に掃除機をかけて、ネコの毛を排除するのダ」とブンブン掃除機をかけたところ、かえってモウモウとネコの毛が舞って逆に返り討ちにあってしまう始末。

ちょっとツライかな、と。

さらに大家との話し合いが円満に進んだ場合、次の住まいを探さねばなりませんが、現在既に2件ほどアタリをつけました。

1件目は自転車で15分くらい離れたところで家賃が現在の約3分の1と驚愕の安さですが、実はこれは家に庭がついていて、この庭の手入れが条件になっています。

もう1件はケンブリッジの隣の部屋のビル君のお母さんの親友のご近所。

ビル君の家族とはとても仲良くさせて頂いており、彼のお母さんからはキューに受かったという話をした時点より「住む場所に困ったら相談しなさい」と言われており、早速困ってしまう事態に陥り相談した次第。

そのお母さんの親友にこの前事情を話しに会いに行きましたが、とても協力的で、「近所に心当たりがあるから聞いておいてあげる」とのこと。

タテバヤシ、色々な方々に支えられて生きております。

そんな訳で、まだまだ落ち着かないロンドン新生活です。

2014年5月6日火曜日

2003年09月13日 「一週間経過」



前略。

一週間が瞬く間に過ぎていきました。

ぎこちない初日から数えて、徐々にクラスの仲間とも打ち解け、改めて皆キラ星のごとくの経歴を持って集まったと知るに至り、圧倒され、果たしてオレは場違いなのでは??と不安になります。

自分がとてつもなく小さく思えて「あーあ・・・」と溜息も出ます。

今日は自分の園芸に関するバック・グラウンドを皆の前でプレゼンする日だったのですが、思えば自分の園芸的バック・グラウンドは日本での半年の植木屋経験とあとは英国に来てからのものに過ぎず、まだまだビギナーの部類なのです。

それに引き換え、皆かなりの経験があり、それに相当する教育も受けてきているのです。

高校、大学と胸を張って「やった」と言えるのはラグビーだけですので、今更にマズイなと。

まあ、言っても始まりませんので、今後頑張ります。

こんな自分でも輝く時はあるもので、昨日「クロッグ&エプロン レース」というイベントがありました。

これは毎年一年生が走る伝統の競技で、底の硬い木靴を履いて、エプロンをかけて植物園の中の約400メートルの直線を走りきり、誰が一番早いかというのを競うもので、「こんなときにしか活躍は出来ん」と気合を入れた結果、ブッチギリで優勝いたしました。

一番若いのが19歳ですから、その倍生きてるおじさんとしての意地ですね。


その模様は例のBBCのカメラも熱心に追っていて、レース後には勝利者インタビューをBBCから受けました。

歴代の勝利者の名前を彫り込んだトロフィーを受け取り、2003年の勝利者として歴史に名前を残すこととなりました。


子供の運動会でよく足がもつれて転倒したりするお父さんを見かけますが、僕もそんな年頃ではあるものの、「まだまだイケるっ!!」と一安心。

クソー、今子供がいたら子供に自慢しちゃうのに。
ちぇっ。

因みに翌日は筋肉痛でツライかなぁ、と予想していたら、左にあらず。

どこも痛くも痒くもなく、「日頃の心掛けよのー」とまたまた安心。

一方、講義も「土壌学」「植物体系学」「植物生理学」「植物解剖学」などのアカデミックな講義も徐々に始まり、化学の元素記号を憶えたり、アップアップです。

こんなことなら高校時代にもっと真剣に勉強していればよかったと後悔しきり。

なにしろ自分の人生において5段階評価の最低「1」を取ったのは後にも先にも高校時代の生物だけです。

これはひとえに「遺伝」が不出来だったからですが、キューの2年目にはその「遺伝」があり、今からドキドキです。

今日は我々学生をサポートしてくれる担当のバーバラというおばさんから「こんなのあるけど、どう?」と聞かれたのが、植物園内で入場料などのお金を数える人を職員の中で募集しているというのがあり、元銀行員としてうってつけのバイトということで二つ返事で引き受けました。

金勘定、得意です。

盛り沢山の毎日、何もかもが新しい毎日。

刺激的でなかなかイイモンです。

まずは健康で、楽しみつつ、苦しみつつ無事一週間を終えましたことをご報告いたします。


2014年4月26日土曜日

2003年09月10日 「新学期」

ついに始まりました。
新学期です。

興奮していたためか、6時過ぎには目が覚めてしまい、ネコにエサをやり紅茶をすすりつつゆったりとした幕開けです。

これからの一ヶ月間は「導入期間」といって、コピー機をどうやって使うか、どうやってそれぞれの建物に入るか、などの基本的な説明やIDカードを作ったり、広大な植物園内の各施設の説明などにあてがわれ、いわゆる「ソフト・ランディング」です。

ソフトとはいっても今日(火曜日)はいきなり「土壌学」の講義があり、約2ヶ月遊びまくった脳ミソには刺激が強すぎました。

今年のメンバーは合計13人。

ドイツ、スペイン、韓国、日本、そしてイギリスと国籍もマチマチなら、男女比は7:6とほぼ半々。

加えて言えばゲイもいます。
僕ではありませんので念のため。

年代も下は19歳から上は39歳(僕は上から2番目)とバラエティに富んでいます。

歴もそれぞれで、韓国人の女の子は流暢な(ほとんどネイティブ)日本語を話すので聞いたら東大の大学院と米ハーバードで建築のマスターを取ったのだとか。

恐れ入りました。

キュー・ガーデンに携わるにはウェッブサイトを見てもらえれば分かるかと思いますが、インターンシップなど様々な方法があるのですが、このキュー・ディプロマは扱いが別格なのです。



キューの中にある「園芸学校校舎」には歴代の生徒の写真が年代ごとに飾られ、細かく見るとケンブリッジ大学の植物園の総責任者や温室の責任者などの妙に若い写真も見つけることができます。

因みに僕は41期生になります。

初日は写真撮影の嵐で、ID用の写真、集合写真、そしてプレス用の写真と称してスコップなどを持ってわざとらしくポーズを決めたりました。

新聞や、雑誌などに今後載るそうで、かなり恥ずかしい内容になっています。

日本の新聞社も教えろというので「朝日」「毎日」「読売」「日経」「産経」を言っておいたので、ひょっとすると・・・。
今思えば「東スポ」と言えば良かったかなと後悔しています。

そして極めつけはBBC。

BBCは言うまでもなく英国の国営放送ですが、彼らは今年の6月からキューにへばりついて「キューの1年間」という番組を作成中だそうで、キューについて広く、植物、歴史、建物、イベントなどを取材していて、その一環として「キュー・ディプロマの生徒たち」というのも追っているのだそう。

初日の校長先生をはじめ主要なスタッフを交えたセレモニーからカメラクルーが入り、「こりゃエライことダ・・・」と固唾を飲み込むばかり。

今日は個人的にインタビューをさせてくれというので、引き受けたのはいいのですが、当然にしてエイゴですので、アガッテしまったことも加わって言いたいことの10分の1も言えず、後悔しっぱなしです。

アレがオンエアされて英国内に恥をさらすのかぁ・・・と思うと穴があったら入れて下さい!!という感じです。

そんな思わぬ展開をみせつつ、季節は夏から秋へと淡々と進んでいくのでありました・・・・。

2014年4月8日火曜日

2003年09月07日 「引越し(仕上げ編)」



気が付けば9月。
早いものです。

思えば6月20日に学校を終えてからの約2ヶ月、「これ以上はムリ」というほど遊びました。

キャンプをしながらスコットランド、湖水地方、イングランド北部を回り、ケンブリッジにては友人宅を泊まり歩き飲み歩き、無事にロンドンへの引越しを済ませ、仕上げとして先日まで約一週間イタリア北部とスイスにアルプスの山々を見てきました。

車を借りて総移動距離が1000キロを超え、移動し過ぎという嫌いもありましたが、それでもイタリアのドロミテ山塊、スイスのインターラーケンから上がったところにあるグリンデルワルドから見るアイガー北壁、ユングフラウなどの名山を堪能して2003年の夏休みを締めくくったのでした。

山や景色は幾つの言葉を並べても語れるものではありません。

取り敢えず「スゲー」の一言です。(写真を一枚だけ添付します)

語るべきはやはり食べ物でしょうか。

パスタ、ピザ、ワインをこれでもか、これでもかと繰り返して食べておりました。

ウマイっ!そして安いっ! 嬉しいじゃあないですか。もし許されるのならイタリアに別荘を建てて一年の4分の1位は居てやってもいい、という気分になります。

加えてリゾットもイケたし、スイスにてはフォンデュが美味かったです。

チーズとワインってのは、誰が考えたのか、ギョウザとビール位にシックリときますね。

しかしスイスは物価が高すぎて、貧乏学生の許容範囲を越えてしまい、こだわるべきはポルトガル、スペイン、フランス、イタリアといった南欧の物価の安いところだなぁと改めて思いました。

さて、ロンドンの新居に帰ってみると、大家さんはフランスの別宅に行ってしまい9月21日まで帰ってきません。

しかし、いきなりそんな怪しげな東洋人を住まわせ、鍵から何から一切預けて3週間も家を空けるとは、随分と信用されたものです。

因みに「契約書」も交わしていませんし、「敷金」の類も不要とのこと。

世田谷、目黒の駒場近辺には「東大生のみ」という下宿も存在すると聞きますが、フトそんなことを思い出してしまいます。

今日は旅の疲れかグッスリと眠り、昼前に起きてから、ネコにエサをやり、庭で紅茶をすすりながら新聞を読み、自転車で近所を徘徊といったノンビリとした週末です。

あさってからいよいよ新生活が始まります。

今は期待と不安が丁度半々といったところでしょうか。

この年齢でこういった気分を味わえるというのもシアワセなのかもしれません。

キューでは、胸に刺繍の入ったポロシャツ、ティーシャツ、フリース、スエットシャツなどを支給されるのですが、これは職員にのみ着ることが許されるもので、いわば「アカクロ・ジャージーの早稲田ラグビー」もしくは「清原がPL卒業時に憧れた読売のユニフォーム」といったところでしょうか。

僕も一介の園芸人として、このシャツには思い入れがありますので、月曜日に支給されるであろうこのシャツに袖を通す瞬間のトキメキを今からドキドキしながら落ち着かない週末です。

ネコのためか、ややクシャミがちな土曜日の夜。

ここキューはロンドンヒースロー空港が近いために引切り無しに旅客機が低空で通り過ぎて行き、夕方にはJALのマークも見かけました。

そうかぁ、この飛行機は12時間かけて日本からきたのかぁ、と少々感傷的にもなりつつ。

2014年3月20日木曜日

2003年08月28日 「新居にて」

雨が全く降らず茶色く枯れこんだキューガーデンの芝


日本は残暑が厳しいとか。

当地は英国としては気温はまだ高めながら、朝晩は少々冷えるようになり秋の気配もチラホラです。

ただ、8月に入ってからは一日も降水が無く、辺りはカラカラに乾いています。

普段は緑が美しい芝も今は渇ききって茶色に枯れてしまっています。

さて26日(火)に一時的に居候をしていたケンブリッジからロンドン郊外のキューに引越しをしました。

7月末にヨークを引き払い、ケンブリッジの友人宅を転々としている間は言うなら「住所不定」であり、加えて「無職」でありますので、ここで犯罪に手を染めれば「住所不定無職、タテバヤシマサヤ、38歳が・・・」という活字が新聞に踊っていた訳で、生まれて初めての「住所不定・無職」をハラハラしつつ過ごしておりました。

今度の住まいは、普通の一軒家(英国でいうセミ・デタッチド・ハウス=2件の家がくっついている形式)で、大家さんと同居です。

大家さんは60~70代と思われ、子供が独立して出て行ったので、1部屋をキューの学生に貸すことにしたそうで、清潔で暖かそうな家です。

大家さん同居だけあって、色々と気を遣うことも多く、「プライバシー」がもうちょっと欲しいなぁ等とも思わくもないですが、そんな貧乏学生の分際で贅沢は言えません。

家賃はこの辺の相場から見れば安くて、しかもキュー・ガーデンまでは徒歩15分程度とロケーションも良く、一旦学校が始まれば忙しくて、そんなことは気にならなくなるだろうと思っています。

大家さんはリタイヤした一方で文筆業などでかなり忙しくしている様子で、しかも1年の内の4分の1、つまり3ヶ月間はフランスの別宅に行ってしまい、留守の間は「ボクの城」となります。

問題が2つあって、ひとつは部屋がやや狭いこと。

この4年間で思いの外、荷物が増えてしまい、この全てを持ち込むのは無理という判断に至り、ケンブリッジで荷物をひっくり返して当面必要なものと暫くは使わないものを分けて、ケンブリッジの植物園のジョンのオフィスの隅に積み上げて置いてきました。

今後3年間、埃をかぶっていることでしょう。

問題その2は猫がいること。

僕は基本的に動物好きではあるのですが、どういう訳か猫だけは身体が受け付けないのです。

猫アレルギーのクセに猫と同じ屋根の下で大丈夫かっ!?という危惧もあるものの、「やってダメだったらその時に考えるべし」と、自分の哲学を実践するのみです。

まあ、猫と毎晩一緒に寝ろ、と言われているわけではなくて大家さんが不在の際にエサをやってくれ、という程度ですので大丈夫かな、と。

そして引越しをした昨晩。

大家さんが家について説明をするから、ということで約一時間掛けて話を聞きました。猫のエサは、食器は、ゴミは、ヒーターは、と矢継ぎ早に次から次へと説明を受けて、頭から湯気が出そうになります。

一番困惑したのが、「アラーム(警報)」。

さすが大都市ロンドンだけあって、犯罪発生率もかなりのものなのでしょう。

窓、ドアなどにそれぞれ鍵が掛かり、外出の際には警報装置をセットするのだそう。

当然にして僕もこれを操作せねばならず、昨晩は大家さんの指導のもと、「練習」を数回しました。

「ハイ、その鍵を右に90度回して、青のランプを確認したら、鍵をさらに90度回す。ハイ、アラームがなったら約35秒以内に外に出て、赤い小さなボタンを押す。そして、施錠・・・・」

「あのぅー、青のランプでは無くて、赤いんですけど」

「それは上の3つの部屋の扉のうちどれかが開いているからよ。見てきて。」

「うへー・・・」

てなことを繰り返してなんとかアラーム・セットを習得しました。

一日ではとても全てを覚えきれず、今日はこれから「留守電の取り扱い」について「講義」があります。

園芸の勉強より大変カモ・・・、と先行き不安です。

新居の住所を記しておきます。

出張、旅行などで英国にお立ちよりの際にはどうぞお気軽に声を掛けてください。

それでは、また。

2014年3月12日水曜日

2003年07月30日 「ヨーク別れ話」

デイブ君とジャパニーズ・レストランで

申し上げたように10日間留守にしていましたが、いよいよ最終的な引き払いをすべく、ヨークに戻りました。

戻って腰が抜けました。

というのは、この4人住まいのアパートは既に2人が出て行き、50代後半のおじさんと僕の二人住まいだったのですが、留守にする直前2人の女子大生が新たに入居してきました。

「女子大生と同じ屋根の下」・・・なにやら響き的には悪くないカンジもしないでもなくもないですが、とんでもございませんデス。

特にこの内の一人がこのアパート全体を完全に「アタシんち」化させてしまいました。

具体的には、自室はいうに及ばず居間、台所、浴室などをピンク、黄色、青などに塗りたくり、そのケバケバしさには脱帽モノです。

居間は皆の共有空間なはずですが、ソファなども自分好みのカバーを掛け、ロウソクを飾り、レイアウトを変え、個人のモノ、例えば靴やビデオ、雑誌などをそこらに撒き散らしてあります。

2人はそもそも友人らしく、一方の女の子は気にしていない様子。

カベにはジョージ・クルーニ、ブラッド・ピット、トム・クルーズ、ヒュー・グラントなどの写真を雑誌から切り取ったものをコラージュ風に貼ったお手製ポスターが飾られ、階段の手すりには、洗濯モノが所狭しと並んでいます。

「パンツとかブラジャーをこんなところに乾すなっ・・・・・・」と当世英国女子大生気質を目の当たりにし胸が悪くなってしまいました。

僕は一日でヘタってしまいました。

幸い木曜日の午前中で僕はこことはオサラバするのでいいのですが、「50代後半のおじさんよ、幸多かれっ!」

そんなことはさておき、ヨークから戻った晩に一足先に出ていったデイブ君から誘いがあり食事に出掛けました。

「ヨーク最後だろうから送別会をやろう」というなんとも思いやりのある言葉に少々感激いたしました。

彼はヨーク大学で化学の博士課程にあり、同居していたときは僕の卒論のつたない英語の手直しをしてもらったり、ホント助けてもらいました。

そんなスペシャルな晩に何を食べたかというと、「日本食」です。

つい最近ヨークにオープンしたジャパニーズレストランに行こうというので行ったのですが、期待通り不味くてガッカリしました。

ロンドン以外でこの手のジャパニーズレストランというのにまともなものはありません。

そもそも店員に日本人は一人もおらず、皆恐らく中国人だと思われます。

生の魚(刺身)を食べてみたいというデイブ君の要望に従い、彼には「刺身」「スシ弁当」、僕は「えび天ぷら」「チキンカツ弁当」を注文。

ハイ、と出てきた刺身をみて全身の力が抜けました。

恐らく切れる包丁を使っていないのか、はたまた切り方を知らないのか、「ちぎった」様なナマ魚がホンの少しだけでてきました。

見た目でサーモンと分かりましたが、イヤミも込めて「これは何ですか?」と店員に聞きますと、「サーモン・サヒミですぅ」。

一口どうだい?というデイブ君のススメで一口食べてみましたが、生臭くて食べられたもんじゃあありません。

これナマで食べられるサーモンだろうか?と不安指数がグーンと上昇します。

天ぷらも、チキンカツも自分で作った方が1000倍美味しいです。

「すまぬ、デイブ君よ」と自分が悪いのでもないのに謝りたくなってしまいました。

帰り道は一緒に途中まで歩き、最後に硬く握手をし互いの健闘を誓ったのでした。

そしてその翌朝が例の隣村のおばあさんの庭の手入れの最後の日。

引越し準備で忙しく「1時間」という約束で、丹念に芝を刈り込み、終えました。

おばあさんの犬、べスに「人が話しているときは聞けよ」と説教しているところ
例の「バイト代過少払い」の件以来は何ら問題はなく、最近はキッチリと払って貰っていました。

おばあさんには全く悪気はなく、あまり気にしないタイプだったというのが原因だったのでは、と想像します。

文句を言いたいのを「んっぐ」と飲み込んで、最終的には正解だったな、と今は思います。

おばあさんは最後に「サイン帖」を出してきて、「アナタのおかげで、とても良い庭になったわ。特に池の周りははこんなに賑やかに花が咲くことはなかったのに・・・・。ここにあなたの名前を書いていって。」というので、「MASAYA TATEBAYASHI / TOKYO JAPAN」と書いておきました。

本当ならチャンと住所を書くところでしょうが、未だ引越し先が決まっていないので。

そして「ハイ、これ」と貰ったバイト代は7ポンドではなく、10ポンド。

何やらTVドラマ北の国からで、父ゴロウから封筒に入った泥のついたお札を貰ったジュンの気分で、感動いたしました。

さて、これから一旦ケンブリッジに荷造り済みの荷物を運び込み、トンボ帰りでヨークに戻ります。

自分の小さい車では全て乗せ切らず、数回往復せねばならないのです。

ヨーク~ケンブリッジ往復約520キロ。安全運転いたします。

それではまた。

最後には良いおばあさん、ミセス・テイラー





2014年2月24日月曜日

2003年07月27日 「10日間」


前略。

現在7月27日午前9時半。

ケンブリッジのジョン宅の居間の床に座り、これを書いています。

18日の午後にヨークを出てかれこれ10日目。

19日(土)はイングランド南部のサンドイッチという街にあるロイヤル・セントジョージに全英オープンを見にいきました。

これは自分としては毎年の恒例行事になっているもので、今回が4回目。

昨年一緒に観戦に行った温室の責任者ロブと、今回はその奥さんモニカも加わり3人での観戦です。

天気は「クソ」がつく程「クソ良く」、昨年の雨の中7月だというのに凍えたのとは大違いです。

やはり自分は「独り派」なのでしょうか。

ロブもモニカも好きなのですが、こういった状況では自分の興味に従って自由にしたいという気持ちが強く、初観戦のモニカが大興奮で朝8時半の到着とともに最終18番のグリーン横のスタンドに陣取り、「ここで全ての選手を観る!!」と力強く主張。

って、ちょっと待ってよというカンジです。

なぜって第一組のスタートは9時でそれが18番に来るのは早くても12時半頃ですよ。

それまでジーっと誰もいない芝生を観ているわけですかい?

ワタクシは二人の気分を害さないように何とかそこを離れ選手の練習の様子を伺ったり、折角の英国を代表するゴルフコースですのでその美しさを堪能すべく歩いたり、パビリオン内のお土産屋をひやかして歩いたりして過ごしました。

あと何ともやり切れなかったのは、二人がアツアツで二人の世界に入ってしまうことでしょうか。

何事かあるとムーチョ、ムーチョとキスをし、アタクシはまさに門外
漢。(オレにもキスしてくれと言っている訳ではない)

例年、観戦していることを知ったロブが一緒に行きたいと言って昨年一緒にいったのが始まりで、そもそもはワタクシの恒例行事なのですゾ、と。

帰路の途中、「来年も行こうね、そして再来年のセント・アンドリュースは楽しみだね」と言っていましたが、ワタクシとしてはフクザツです。

その後は21日~25日まではケンブリッジ大学の植物園で日中は約一年振りに皆と一緒に働き、楽しい汗を流し、夜毎パブに繰り出したり、ケンブリッジの川でパンディングという舟遊びに興じたり、スヌーカーというビリヤードの巨大版をしにいったりと、アッという間でした。

昨日土曜日は、ジョンとケンブリッジから車で約20分のところにあるリントンという小さな街を散策し、その後その街にあるワイナリーを見学。



気候が主要因ですが白ワインしか作れないらしく、最後にテイスティングさせてもらった感想は・・・・、「何も気候の合わないところで無理して作るこたぁないじゃないか」ってところでしょうか。


夕方にはラズベリー摘みに行き二人で約3キロ半摘み、ジョン宅に帰るやいなやジョンの妹のジーン、お母さんのアンと家族総出でジャムを作り、その出来たてのジャムとをトーストにたっぷりと塗りさっき食べたばかりです。

これはシンプルながらウマかったです。

そんな10日間でしたが、これからヨークに帰ります。

今月一杯でアパートの契約が切れるので、荷物を運び出す一方、9月からの住まいがまだ決まらない為、取り敢えずケンブリッジの植物園の事務所の片隅に置かせてもらうことになりました。

30日には完全に引き払い、31日~8月3日はケンブリッジの昨年同様フォークフェスティバルで、4日間テント生活をしつつ、ビールを飲みつつ、フォークミュージックを楽しむ、という計画です。

過密スケジュールですが、全ては「遊び」ですので良しとしましょう

それではまた。