どうして「スバラシキ英国園芸ノススメ」なのか

ちょっと読んで 「あんまり面白くないなぁ」 と思った方。
騙されたと思ってしばしお付き合い下さい。

7年間の英国留学中にしたためたメールは300を越えました。
そしてこれが 「尻上がり的」 に面白くなっていくのです。

当初の初々しい苦学生の姿から、徐々に英国に馴染んでいく様子は100%ノンフィクションのリアルストーリー。

「スバラシキ英国園芸ノススメ」の旅はまだ始まったばかりです。

2015年6月10日水曜日

2004年08月21日 「5周年」


残暑お見舞い申し上げます。

日本はオリンピックのメダルラッシュに沸いている頃でしょうか。

ワタクシは現在テレビを所有していないため、インターネットの新聞上で「北島金2個め!」とか「長嶋ジャパン、格下の豪に敗れる!」てな記事を読んで結果だけは知っている、程度です。

いかんせん映像を見ていないことと、周りで騒いで盛り上がる人がいないことなどもあって、静かなものです。

それでも今回の卓球の福原愛のコメントにはシビレました。
「オリンピックは楽しめましたか?」
「別に楽しむために来たわけじゃあないですから・・・」
カッコいいですねぇ。

「イギリス生活は楽しめましたか?」
と仮に、帰国した暁に誰かに聞かれたとして
「別に楽しむために行っていた訳ではありませんので・・・」
などと応えたらキマる、でしょうか、それともイヤミな奴と嫌われるでしょうか。

嫌われそうなので「ええ、それなりに・・・」程度にしておこうかなと思います。

それなりどころか、相当楽しんじゃっている気もしなくもないですが・・・。

でも当初日本を旅立つときはホントそれくらいの覚悟でおりました。

「死んだ気で勉強するのダ」と気合を入れつつ、荷造りの際「ウーム、ゴルフバックはどうしようか・・・。

本場のゴルフコースってものもたまの息抜きには回ってみたい気もするし、イヤイヤ、ゴルフなんてする余裕は時間的にも、金銭的にも無いハズ。

遊びに行くわけじゃぁないんだから」などと一人であれこれ思案した挙句、ヒースロー空港に降り立ったときにはしっかりゴルフバックを右手に持っておりました。

因みに左手にはラジカセ、リュックの中にはラグビーのスパイクといった具合でしたので、我ながら言ってることとやってることが違うのには呆れてしまいます。

そんな青雲の志をして成田を飛び立ったのが1999年の8月20日でした。

すなわち昨日、丸5年が経ったわけで、この8月20日というのは自分にとってちょっと特別な日なのです。

まずは一年のコースをとる。で、その後はなんとかなる。

と全く深く考えずに出発し、当然にして翌年コース修了後に即帰国というケースも大いにあり得た訳ですが、こうやって薄氷を踏みながらここまで来てしまいました。

そして、現在のキュー・ディプロマ修了まであと2年。

改めて人生は筋書きのないドラマよのー、と腕組をしつつ頷いたりしてしまいます。

まあ、基本線は「楽しく」「健康に」ですので、それが満たされている自分は幸せと申せましょう。

現在試験も終わり、9月半ばまでは夏休みムードでリラックスできて大変ヨロシイです。

試験は結果が出て、全体的には満足のいくものでしたが、科目によっては「あんなにやったのに、この点数かぁ」と溜息がでるものもあり、一方で「あいつ試験前に大してやっていなかったのに、こんなに出来ちゃうのかぁ」と底力の違いを見せつけられたりで、初心に戻って残りの2年は死に物狂いで学ばにゃぁイカンと思っております。

昨年ヨークからキューに引っ越す際に、またまた「ハテ、このゴルフバッグはどうしよう?キューの3年間は厳しいと聞くし、ゴルフどころじゃあないだろう」と、ケンブリッジの友人宅の屋根裏に預けてきたのです。

ワタクシという人間は懲りない性格のようです。

そんな訳で日本出発の際34歳の青年は現在39歳の中年となり日々勉学に励んでおりますことをご報告申し上げます。

それでは、また。
タテバヤシ

追伸)
日本を発ったのは確かに8月20日。
しかしヒースローに着いたのは9月6日。

何故か?

マルコポーロ、もしくは大航海時代でもあるまいに、イギリスまでなんで17日間も掛かるのか?

答は、シンガポール航空を使い、シンガポール経由にした結果、シンガポールで2週間ちょっと羽を伸ばしてしまったからでした。

うっうっ、青雲の志は・・・・


2015年5月6日水曜日

2004年08月13日 「イレズミ」



残暑お見舞い申し上げます。

東京は夏日の記録だそうで、大変なことです。

さて今回は「イレズミ」のお話。

刺青は日本では伝統的に「ヤ○ザ」の証として認知されておりましたが、最近になって「タトゥー」などと横文字にして、渋谷のセンター街あたりで見掛ける「チーマー」(ってもういないのかな・・・)の肩口あたりに見掛けるようになりました。

若者の間ではファッションとして認識されたのでしょう。

英国には「ヤ○ザ」はいませんので、「イレズミ=危ない人」という認識は皆無で、ファッションとして定着しているように見受けられます。

かのベッカムも肩から腕からイレズミだらけです。

では、英国人はイレズミのデザインとして何を彫るか?

観察していると、幾何学模様、動植物などありますが、なんと言っても「漢字」が多いです。

それも「オイっ!意味分かってんのかっ!!」、「相当恥ずかしいゾ、それはっ!!」と諭したくなるケースが多いです。

漢字の構造、意味を分かってなくて、カタチだけ真似ている彫り物師が彫っている場合も多いのではないかと疑われるほどいい加
減な文字に出くわします。

かのベッカムの奥さん、ビクトリアはかつてのアイドルグループ「スパイスガール」の一員。

そのスパイスガールの元メンバーであるメラニーCという女性の肩には「女力」と彫ってあります。

まあ、いいっすけどね。

ヨークの学校付設のパブで飲んでいたときのこと。

話したこともない女の子が近づいてきて言いました。

「あなた中国人?日本人?」
「日本人だけど・・・」
「ちょっとお願いがあるんだけど。実はイレズミを彫ったんだけど、意味が分からなくて。ちょっと見てくれる?」

シャツの袖でもめくり上げて腕を見せるのかと思ったら、やおらズボンのチャックを下ろして内股のきわどいところをいきなり見せつけられました。

正直なところそれが何の字だったかは、それ以外の衝撃が強すぎてよく覚えていませんが、「スゲーなぁ、英国ヤングギャルは・・・」とたまげたことを覚えています。

それにしても消しゴムで簡単に消せる訳じゃないんだから、意味くらい100っぺん確認して彫れってーの、と説教しておけばよかったです。

そんな今回のイレズミ・エピソードの最後を飾るのは、この間のビアフェスティバルで見かけて、思わず怖いもの見たさで近づき接写した佳作。

ツルピカ頭の後頭部に、太陽のシンボル、その中心には「陽」とデカデカと彫ってあります。

なんか外人なんでサマになっている気がしますが、これが日本だったら皆振り返って腹を抱えて笑うよなーと思いました。

それにしても、ここまで近づくのが限界で、サッと撮ってサッと逃げました。

気づかれたら、ヤキを入れられそうなほど強面の御人でした。

念をおしておきますが、あくまでもこれは僕自身ではありませんので。

では、よいお盆をお過ごし下さい。

2015年3月20日金曜日

2004年08月08日 「暑中お見舞い申し上げます」


暑中お見舞い申し上げます。

東京では40度を記録したなどと聞いていますが、お元気でしょうか。

当地も涼しさがウリの国の筈ではありますが、さすがに最近は28度、29度あたりを行ったり来たりの日が続いています。

日本に比べればたいしたことはありませんが、それでもそれなりに湿度も高く不快といえば不快。

我がオンボロ車にはエアコンなんてものは付いていませんので、日中に車に乗る際は窓全開にして背中を背もたれにつけずにアクロバティックな姿勢で運転しています。

背中をつけると大量の汗をかいてしまいます。

そもそもこの国にはエアコンというものはあまり必要がなく、一般家庭にエアコンが付いているというのは稀ではないでしょうか。

車にしても「メルセデス」「サーブ」「ボルボ」あたりには付いているでしょうが、一般大衆車にはそんなものはありません。(でした)

しかし、ラジオに流れる車のCMを聞いてみると「エアコン標準装備デス」と謳う車が増えてきましたので、その辺で差別化を図ろうという魂胆だと思われます。

当然にして我が家にもエアコンなんてものはありませんので、現在は部屋の窓を全開でこれをしたためています。

さて、「試験が終わりましたぁ」などとメールを書いて一ヶ月以上経ちます。

試験が終わり、ドイツのボンに研修に出掛け、その後叔父叔母が来英、しばらくおいてその後ケンブリッジ大の植物園の仲間の結婚式、そして毎年恒例行事となったケンブリッジのフォークフェスティバル・・・・とまあなんだかんだと慌しくしていました。

その間メールを送ろうとしたところ、原因不明の送信不可能症候群に見舞われ、「送っても送っても送れない」困った状況に日々悶々としておりました。

この送信不可能症候群をロンドン在住の日本人のお医者様に相談したところ(シャレじゃありませんよ)、相談後約一週間たった今日解決法に関してアイディアを頂戴し、こうやって久し振りにメールを送ることが出来ている訳です。

ありがたや。

書くことはいろいろありそうなもんですが、ありすぎて何から書いたものやらですので、まずは最近のことをふたつ。

「ケンブリッジ・フォーク・フェスティバル」と「ロンドン・ビア・フェスティバル」。

フォークフェスティバルはケンブリッジに暮していたときの隣人ビル君とその仲間に誘われて3年前に行ったのがきっかけで、以来毎年恒例行事になっています。

今年が3回目(フェスティバル自体は今年40回目)で、木、金、土、日の4日間。

近所の広大な空き地が「キャンプ地」として提供され、僕らはここにテントを張り、朝起きて朝食をとった後、うだうだ、ゴロゴロと新聞を読んだり、早々とビールを飲んだりし、昼頃から会場に繰り出した後はひたすら呑み、無駄話をし、日光浴をし、演奏を聴く・・・。

これを4日間繰り返します。

食事は4日間屋台などのいわゆるジャンクフードで、さすがに4日目にはいささかゲンナリですが、なんのなんの。

日曜日の23:00頃にフィナーレとなり、そのままテントで最後の一泊をして、月曜にはいそいそと荷造りをし、久し振りにケンブリッジでノンビリしたいのを堪え車を飛ばしてキューまで戻ってきました。

その月曜日の夕方には今期最後の植物名の試験があったのです。

悲しきかな、学生。

ビアフェスティバルはつい昨日の話。

そもそもビアフェスティバルというのはCAMRA (Campaign For Real Ale)という地ビール振興会みたいな団体が主催しているもので、各地の地ビールを集めて開くビール祭りのこと。

各地で規模もまちまちであるのですが、このロンドンのオリンピアであるのが規模も最大(450種のビール!!)で「ウーム、一度は行ってみたいものだ・・・」とかねがね思っていたので、ついに念願かなったという訳です。

会場は「見本市」などが開かれる大型の体育館のような場所で、その場に酔払いが2000人以上はいたでしょうか。英国各地のビールをハーフ・パイント(284cc)を勘に頼って10杯程飲んだでしょうか。

440種飲み損ねてしまっているっ!

いつものことながら、味がちゃんと分かるのは最初の3杯くらいまでで後は、ご機嫌な酔っ払いのオッサンと化してしまうので困ったものです。

英国最大を謳うだけあって、ビールの品揃えもさることながら、関連グッズ(シャツ、小物、グラス、アンティーク品など)販売も充実しており、更に「パブ・ゲーム」(一回1ポンド払い、輪投げであるとか、積み木崩しだとかで点数により賞品が貰える)という、たわいもないゲームに興じたりムードは予想をはるかに超えたイイモンでした。

一緒に行ったクラスメートのクリスと二人で「閉店」まで堪能してきました。


普段の節約生活をよそにかなり散財した気がしますが、まあこんなのもたまにはよろしいかと。

ビア・フェスティバルの会場の写真とすっかり出来上がってしまったワタクシとクリス君の二人を暑中お見舞いがわりにお送りいたします。

暑い最中と思いますがどうぞお元気で。

では、また。

2015年2月13日金曜日

2004年06月24日 「よく頑張ったで賞」



ご無沙汰しております。

このメール、呑みながら書いております。

本日めでたく試験が終わりました。

加えて約3ヶ月間の集中講義期間も終了しました。

長かったです。疲れたです。

この3ヶ月間朝から夕方まで毎日同じ教室に閉じ込められ、同じメンツでズーっと過ごすというのはなかなかどうしてかなりストレス度合いの高いものがありました。

クラスメートとも侃侃諤諤やりあったりしたというのもすでにお知らせした通り。

仕上げとして試験があった訳です。

レポートなどで試験が省かれたものもあり、科目数はたったの3科目。

「たった」というのが正しいと思いますが、やる側としては一杯一杯でした。

「植物構造学」「植物分類学」「植物生理学」の3科目。

試験に向けた特製お手製カレンダーを作って気合を入れたのが5月31日。

そして本格的復習を始めたのが6月12日(土曜日)からで、週末はほぼ終日、平日は授業が終わってから寝るまで。

先週末がピークでした。

運動不足でモヤモヤする一方、ちっとも頭に整理して知識が入っていかないもどかしさで、「試験、大丈夫か?間に合うんか、こんなで??」と不安でしたが、なんとか乗り切りました。

これは習性なのでしょう。

なにかこうやって集中して勉強したり、作業したりしなければならない場合、自宅ではそれが出来ないのです。

サラリーマンのときも、週末に仕事を抱えてデニーズやロイヤルホストなどのファミリーレストランに繰り出し早朝からシコシコと仕事をしたもんですが、この方が何倍も集中できてはかどるのです。

今回は授業後の教室、週末の教室を使いました。

基本的にキューディプロマの生徒は学校校舎内に24時間自由にアクセスすることが許されており、毎日リュックに教材とチョコレート、バナナ、サンドイッチなどを詰め込んで、誰に気兼ねなくすることが出来ました。

実は僕の家は僕の前に、僕と入れ替えで卒業したジョンという学生が住んでいたのです。

彼はその年度の主席で、とにかくキレる人物。

彼とは同じ家に厄介になったよしみで何度か会って話をしたことがあり、今回試験勉強について何かアドバイスがあればくれ、といったところ懇切丁寧なアドバイスをしてくれました。

彼は元弁護士で、彼の頭脳をしてこんなに努力したのかぁと思うと、元ナンチャッテ銀行員の僕としてはかえって肩に力が入ってしまったのでした。

彼のメールの一文に「パブには行くのは我慢すること。試験が終わればいつでも行ける・・・」というのがあり、単純な僕は「ヨッシャ、禁酒だ。禁酒。」と6月12日から禁酒しました。

確かに酒を飲むと、記憶モノは全くダメですし、まあ良いや明日、明日、と全面ハッピーお気楽気分になってしまうので、緊張感を保つ意味で冷蔵庫からビールを撤去し、禁酒を誓ったのでした。

思えば過去およそ10年ほど、10日間以上も酒を断ったことなどありません。

コードです。

最初のうちは夕食時など、「ビール飲みたい・・・」と胸をかきむしられる思いでしたが、ここは「ペリエ」で我慢しました。

良いニュースとしては自分はアル中ではないと証明できたことでしょうか。手も震えませんでしたし。

この試験、過去英国に来て以来受けてきた試験とはかなり勝手が違って、思考、論理を問う問題が中心でした。

試験時間も植物構造学が3時間、分類学が午前2時間、午後2時間、生理学が2時間といった具合。

しかも「開始っ!!」と言われてから「終了っ!!」と言われるまで
書きっぱなし。

自分でもまあよくつたない英語で3時間も書けるもんだと感心しました。

本日試験終了後クラスメートとパブに昼から繰り出し久し振りに呑み、ホロ酔い気分で帰宅し、疲れと睡眠不足のためうたた寝をし、先ほど復活し、今朝学校に行く前に冷蔵庫に12日振りに詰め込んだビールを一本取り出しこのメールを書いていると言う次第。

あろうことか、大家は今朝から約4週間フランスに行ってしまい、再びタテバヤシ天下となりました。

試験も終わり、開放的な気分に加え大家がいない気楽さはなんともリラックスですね。

音楽もヘッドホンじゃなく聴いちゃったりして。

金曜日から6日間ドイツのボンに研修のためにクラス全員で繰り出します。

試験も終わり、慰労旅行みたいなもんで、僕はドイツビールを堪能しまくろうと今から楽しみです。

そんな訳で僕的には休み気分が高まってきました。

良い季節ですので羽を伸ばしまくってやろうと企んでいます。

サッカーの欧州選手権、ウインブルドンテニスと賑わっているもののあまり興味はありませんが、でも便乗しちゃおうと思っております。

それではまた。

2015年1月27日火曜日

2004年05月30日 「5月ゆく」



5月も残り数日となりました。

来週の月曜日がバンクホリデーのため3連休です。季節も英国では一番良い頃。

どこかへ繰り出したいのはヤマヤマですが、6月に控えた期末試験、及び諸々のレポート、小試験などで家でおとなしくしています。

気はかなり重いです。

以前お話したクラスでストレスを感じているという件。

まあ、なんとなくストレスはいまだに感じているものの(そんなストレス・フリーの生活なんてありえませんものね)、「大ストレス」は当の本人と大いに議論した結果なんとなく落ち着きました。

議論なんてエラそうなものではなくて、ただ「お前のここが気に入らん!!」「それは誤解!」「それじゃあ、これはどう説明すんだ?」などと声を大にしてしばらく言いたいことを言い合ったら溜飲が下がり、憑き物がとれたようにスッキリして、「ハテ、何に頭にきていたのだ?」と不思議なカンジでした。

その程度のストレスってことでしょうかね。

ここ数年間平和に過ごしてきているので、こういったストレスに対する抵抗力が落ちてきたのかもしれません。

ご心配をおかけしました。

さて「5月」はワタクシにとっては特別な月。
何を隠そう誕生月なのです。

例の庭仕事のバイトを頑張ったりしたので懐も多少暖かく、ここは何か特別なことをしようと。

以前回転寿司にいった話を、現在ロンドンにいる銀行員時代の元上司に話したところ、「セントポール大聖堂近くのレストランで土曜日のランチにはこれでもかっと刺身がのったチラシ寿司がうまいゾ!」とのアドバイスを貰い、ロンドン市街に繰り出したときに試したことがあります。

「確かにっ!」
これでもかとヤケクソ気味に刺身がのったチラシ寿司12ポンド(約2400円)は価値がありました。(メロン、茶碗蒸し、サラダ、味噌汁付)

会計をする際にレジの横にあったチラシに目が留まりました。

「土曜ランチ寿司20ポンド食べ放題。要予約」

おおおっ。
食べ放題ってことは無制限に食えるのだな、しかも寿司が。

「何か特別なときに来よーっと」とそのチラシを数枚頂戴したのですが、こんなに早く「特別な時」が訪れるとは・・・。

しかもチラシ寿司を食べにいったときのチラシが役に立つとは江戸っ子もビックリの粋な筋書き。

金曜日の夜に緊張気味に電話をしました。

「あのー、チラシを見たんですけど、明日寿司食べ放題」
「エエ、一人で。」と予約を完了。

土曜日。

予約時間12時に遅れないように張り切って自転車で自宅を出発。

天気もよろしく、気分良くサイクリングをこなして店に入ると、そこには10人ほどが座れるカウンターが。

板さんが一人で黙々と握っています。

以前にも申し上げた「日本度」はまずまず高いと、前回来たときに感じたのですが、黙々と握る板さんが「ナニ、シマショカー」と聞いてきて思わず腰が砕けました。

黙っていればそういう日本人も居るよなぁ、という風貌なのですが、喋ってしまうとバレバレです。

でも反射的に「中トロ」と言うと通じたみたいで慣れた手つきで握ってくれます。

ここで問題が発生。

10人の客に対し、板さん一人。

中トロ2カンを2秒で胃袋に収めてしまった僕は次の寿司までしばらく待たねばなりません。

このままでは徐々に満腹中枢が刺激されて食い放題敗北の図式が成り立ってしまいます。

イライラしていると、板さんも僕の殺気立った視線を感じたのでしょう、厨房からヘルプ君を連れてきました。

しかしこのヘルプ君はまだまだ修行中の身のようで、なんとも手つきがぎこちなく、一旦握った寿司をまな板の上でああでもない、こうでもないとカタチを整えたりしています。

文句言うよりは楽しまなくては、誕生日なんだし。

そして何より食わねば、と気分を切り替え、冷静に考えた挙句ある妙案を思いつきました。

1.視線は常に板さんへ。(腹減ってるの、と猛烈アピール)
2.注文は常に2品ずつ。(例:トロとアジ、あるいはヒラメとホタテなど)
3.一定のペースを守る

これにより、板さんに「あの隅っこの客は出したらスグに平らげちゃうのね」という意識をうえつける事に成功し、途切れの無い注文が可能になったのでした。

メニューにはさほどひねったものは無くありきたりのシンプルなものでしたが、約1時間15分限界まで食べて食べまくりました。

板さんが「ミソシル、イカカテスカー」と聞いてくれましたが、「結構です」とお断りしました。

味噌汁が入る余裕があればそこに寿司を入れようという姿勢を貫いた結果です。

「やっぱり日本人、寿司だよ寿司」と大満足して帰路に着きました。

そんな訳でついに、とうとう30代最後を迎えてしまいました。

身分は学生、独身、と世間の39歳に比べてしまうとかなり違和感があります。

でもこうやって美味しく食べれて、飲めて、やりたいことをやっているという点ではナカナカの幸せモンです。

最近の写真を添付いたします。

田舎道をリンゴを頬張りながら歩いております。

あいだみつを的ではありますが、人生マイペースでノンビリ歩きたいものだと・・・。

では、また。

2014年12月23日火曜日

2004年05月15日 「浮沈」


日曜日、夜。

日本ではサザエさんやちびまる子ちゃんなどを見ながら、「そうかー明日からまた月曜日かぁ」などとスーツのズボンにアイロンなどをあてながら溜息のひとつでもついていたところです。

この週末は良く働きました。

土曜日は14:30~20:30まで。今日は09:00~12:00で一箇所、そして13:00~18:00まで別の場所で、2日間で計14時間。

疲れました。

確かに臨時収入にはなりますが、まあ哲学的に申しますと、これにはちょいとした訳があるのです。

庭仕事をしていると、それに没頭できて色んなことを忘れさせてくれます。

雑草取りも始めると、まさに夢中。

問 「忘れたいことがあんのか?」  答 「ハイ」

「なーんだぁタテバヤシのメール読んでるとなんかいつもバカやってて楽しそうじゃーん」って確かにそれは、努めて明るく振舞っているのであって、ワタクシも一人の人間として醜い(というか愚かな)部分を持っているのです。

それは何か?

うまくは言えないのですが、簡単に言うとクラスの人間関係となりましょうか。

授業期間に突入してかれこれ1ヵ月半。

朝から晩まで同じメンツで同じ教室でいると、だんだんストレスが溜まってくるわけです。

それは本当につまらない些細なことであってもだんだん蓄積され、しまいには耐えられない心境になってしまったりする訳です。

一人の人間の存在そのものが疎ましく感じたりします。

妬みであったり、怒りであったり、なんともネガティブな気分が自分を支配し、「なんだこんなことで」と思いつつも、コントロールを失いかけることが多くなりました。

正直にいうと今は毎日があまり面白くありません。

早くこの集中講義期間が終わらないか。

早くオレを外に解き放ってくれ、と願うばかりです。

明日からなんと一週間、泊りがけの研修に出掛けます。

「ウヘー、勘弁してくれぃ・・・」というの偽わざる心境です。

ま、言ってもしょうがないですが、たまにはネガティブな話もね。

「実はサー・・・」と酒でも飲みながら、フンフンと聞いてくれる人がいれば良いんですけどね。

大家も帰ってきましたよ。

お土産においしそうなフレンチワインを2本もらいました。

そして、またトイレの水洗に少々気を遣う日々に戻りました・・・。

季節も良くなりました。明るくいこー、と言い聞かせつつ。

少々へっこみのタテバヤシより

2014年12月11日木曜日

2004年05月15日 「大コーフン!」


前略

リッチモンドというのはキューの隣町。その近隣にはイングランドラグビーのメッカ「トウィッケナム」もあります。

今しがたリッチモンドにある例のリチャード・アッテンバラ邸の庭仕事を終えた後にリッチモンドにあるテスコというスーパーに寄って買物をしてレジに並んでおりましたら、僕の脇を大男が通り過ぎていきました。

見覚えのある顔。

それはイングランドラグビーの現キャプテン、ローレンス・デラーリオでした。

「おおおおっ!!!」と一人で興奮し、レジを済ませるやいなや彼の跡を追いました。

そしてスーパーから50メートルほど離れたところで発見。

ためらわずに「あのースミマセン。大ファンなんですけどサインください」というと193センチ109キロの巨漢は「いいッスよ」と気軽に応えてくれました。

慌ててリュックの中を探すもナントこんなときに限ってペンを持っていないことが判明。

「スミマセン、実は書くものがありません」というと、「オレはリッチモンドに住んでるからまた会うサ」と言って握手をして別れたのでした。

その手はゴツクてブアツクて、スゲー・・・と感動しました。

そんなこと言ってる一方で、「ケンカしたら勝てるかも。イヤ無理か。

でも一発くらいかまして逃げるってテもある・・・」などと大胆な夢想をしておりました。

庭仕事の帰りで自分の手はかなり汚れていましたが、今日は手を洗うのは控えようと思います。

良い一日でした。

以上